第49話 防衛成功?

しばらく、その場の全員が脱力感にぐったりとしていた。

誰も喋らず、動かず、ただただ床に座っている。

立っているのは、守備兵の2人だけ。

気を失っていた巫女たちも、一人また一人と意識を取り戻していった。

全員が気力を取り戻してきたなぁとぼんやり考えていると、バンッと大きな音がして窓が開いた。

その場の全員が、一斉に弾かれた様に大窓を見る。

そこに居たのは、今の精神状態では直視出来ないほどに神々しく煌めかしく美しい精霊王様方の揃い踏みとそれに従うように後ろに控えているセイランとガルラさんだった。

クシュ様がすぐにララを見つけて駆け寄る。

お疲れ様とララを筆頭に巫女たちに声を掛けると、ララの瞳からは糸が切れた様にポロポロと涙が零れた。

大役を果たし切った安堵感と、国を守り切った達成感と、たくさんの人が亡くなった喪失感と、お父様を亡くした悲しみが入り交ざっているような涙だった。

巫女たちもつられて泣き出してしまって、一番小さなエラは隣の少女に抱き着いていた。

他の精霊王様方も各々声を掛けてくれて、シルビア様ににっこりと頑張ったねぇと言われた時には、私も泣き笑いになってしまった。

セイランがそれを見てニヤニヤしているのが見えたので、小さくベーっと舌を出すと、肩を震わせて笑いを堪えていた。

「みんなお疲れさん。外の様子だが、この島の津波の被害は殆ど無い様だ。よく頑張ったな。周辺の島はいくつか流されてしまったが、あの津波の事を考えれば被害は少ない方だろう。頭首も屋敷も無事で、領主たちも何人か亡くなったが殆どが無事だそうだ。巫女たちとアナ達は、頭首に会いに行った方が良いだろう。」

レミネス様が、因みに結界外の魔物は殆どが津波に飲み込まれて流されたと教えてくれた。

私たち4人と巫女たちはふらつきながらも立ち上がって、頭首様の元へ移動を開始した。

守備兵さんたちが戻ってきて、精霊王様方の姿に硬直していた横を通り過ぎて思う。

その気持ち、痛いほどにわかります。

本人たちは、まったく頓着していない美しさで人が硬直する様子を見て追い打ちとばかりににっこりと極上の笑顔で労うから、きっと後ろには死屍が累々だろうと思う。

ある意味で、ご愁傷様です。


少し離れている頭首様の屋敷までが、海岸を端から端まで歩かされていると錯覚するほどに遠く感じた。

何とか、気力を振り絞って屋敷に到着すると、事後処理に追われている頭首様が忙しなく書類と格闘していた。

「おお、来ていたのか。すまない。こちらに掛けてくれ。」

薦められた長椅子に腰かけると、ララ以外の巫女はララの後ろに並んで立っている。

疲れているのに可哀想でどうにかならないかときょろきょろしていると、侍従の方々が全員が座れる数の椅子を持ってきてくれたので、ほっとした。

「疲れているとこに悪いとは思うが、報告をくれるか。」

ララを見て頭首様が言う。

頭首様は、私のお父様とあまり変わらなさそうな年齢に見えた。

国を治めているより、戦の方が似合いそうな体格の方だった。

「はい。頭首様。」

返事をしたララが、今までの説明を話し出す。

そこそこ長い話を頭首様はただひたすらに聞いていたが、ララのお父様が亡くなった件では、悲しそうな顔をされていた。

そうか、と全ての話を聞き終わった頭首様が、立ち上がって窓辺に移動する。

「ララ、巫女たち、少女たち、本当にご苦労だった。その献身がこの国を守ってくれたことに最大限の感謝を。精霊王様方にも大精霊様方にも、ご助力頂けたことに深い感謝を。伝えてくれるか?」

振り向いて笑う、頭首様は心底ほっとしたのか目尻に年相応の皺が刻まれていた。

ララが頷くと、頭首様は続ける。

「それと、魔物に変わった人間のうちの数人の素性が今さっき分かってな。最近、聖龍正教の信徒となったことが判明した。それに合わせて上位種の1体だが、未明に聖龍正教の信徒となった者たちを乗せて出港した船があると報告が上がっているから、それに乗って国を出たのではないかと考えるが、どうだろう。」

聖龍正教は魔物と通じていると確定した。

その衝撃は、私たち4人には、薄々分かっていても辛かった。

人が食い破られて魔物が這い出して来る様子は、思い出しても吐き気がする。

上位種は、やはり国外に出ていたようだ。

セイランたちが見つけられなかったのだから、そういう事なんだと思う。

私たち4人が頷くと、頭首様も納得したかのように頷き返した。

「それから、ララ、巫女たち、今回私は思い知ったよ。小さな少女たちに全て任せて、ただ自分の身を守るとこが国の発展につながるのかという疑問と自分の無力さを。神殿は人々の心の支えだが、君たちを閉じ込めて強制的に隷属させるようなことは、二度としない。怖い思いをさせるために、強制的に働かせるために、君たちは存在しては、いないのだから。今まですまなかった。私も身内が巫女にならなければ気付かなかった。自分の命が掛からなければ理解しなかっただろう。反省している。多少の時間は、かかるが新たな制度を確立して見せるから、少し時間をくれ。」

巫女たちに真摯に頭を下げる頭首に、巫女たちは困惑していた。

「叔父様、私たちは自由にそのあり方を決められるようになるのですね?力だけを求めるような巫女の集め方は、やめて頂けるのですね?」

この中にも強制的に巫女にさせられた子が居るのだろうか。

まだ小さいエラかもしれない。

そして、ララが頭首様の姪だと始めて聞いた気がする・・・

「あぁ、親元に帰ってもらって構わないし、神殿に居てくれても構わない。神殿は、クシュ様の提案で変わっていく。この国もだ。」

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