第45話 逃走
「お待たせ。お嬢ちゃん。」
その鮮やかに輝く薄桃色の髪に、軽薄そうな口調は・・・
「ガルラさん!!」
来てくれたのは、火の大精霊のガルラさんだった。
ガルラさんの姿に、魔物がほんの少しだけれども本当に驚いたようだった。
「おやおやおや・・・またほんの少し強いだけの精霊君ですか。蠅が1匹増えたところで、何の支障にもなりませんが・・・まぁ、叩き潰しておきましょうか。」
魔物の言い草に、ガルラさんがうんざりした口調で返す。
「お前、ほんっとセイランみたいなやつだな。めんどくせぇ。」
「おい!それはボクも面倒くさいって言っているの?殴るよ?」
セイランの反論は、ガルラさんに届かず空に消えた。
魔物と睨み合っているガルラさんは、セイランを見てニヤリと笑う。
「羨ましいねぇ。エレンは抱っこなんかさせてくれないしね。まぁ、ちゃっと送ってこいよ。早く帰ってこないと、お前の分無くなるよ?」
キッと軽くにらんで、はいはいと手を振る。
「またあとでね。」
ガルラさんは、私に向かって軽く手を振ると、大ぶりの剣を何もない空中から取り出して魔物に対峙する。
魔物は、私に未練がましいような視線を送ってくるけれどすぐにガルラさんに向き合った。
それを目にしたと思った時には、セイランが走り出していた。
腰がグイっと引っ張られて、ぐえっとアヒルを潰したような声を出してしまった。
「可愛くない声を出すのは、やめた方が良いと思うよ?婚期を逃しかねない声だったし。」
凄い速さで走りながら軽口を叩くセイランに、言い返したら舌を噛みそうで言い返せずに代わりに振り向いて睨んで返した。
「可愛くない顔もやめなぁ?いつもは可愛いのに、100年の恋も冷めるって言われちゃうよ?誰かに。」
くすくすと笑いながら、セイランは速度を上げる。
睨むと眩暈がして吐きそうになったので、反応するのをやめる代わりに全身の力を抜いてみた。
案の定、重いんだけどと憎まれ口を叩くセイランの速度は変わらなかった。
洞穴の入り口まで戻ると、セイランは私を降ろした。
「このまま近くの駐屯地まで戻って、休んでなよ。一人でも行けるよね?何なら、さっきみたいに送ってあげるけど?」
さっきみたいに担がれるのは、もう嫌なので一人で行けると歩き出した。
背中にセイランの笑い声が小さく聞こえたけれど、無視をする。
「念のため、ルーベルグは最大警戒しておきなよね。」
少し大きめの声で忠告をして、セイランが踵を返すのを感じた。
悔しくて、申し訳なくて、涙を零しながら前を睨みつけて歩いた。
小さな駐屯地に着くと、エレンが出迎えてくれた。
泣きながら歩く私を抱きしめてくれる。
そのまま暫く、エレンの腕の中で泣き続けた。
悔しいと声が漏れる度に、エレンが背中を撫でてくれる。
わかるよ。一緒だよ。と、声を掛けてくれる。
それでまた、何だが溢れて止まらなかった。
涙が枯れて、息が大きく吸い込めるようになって、深呼吸をして顔を上げる。
エレンと目が合って、ごめんと照れ笑いで言うと、うんと笑顔で返してくれた。
手を繋いで、休憩所の椅子に腰かける。
洞穴での出来事を伝えると、大精霊様同士では通信魔道具が無くても通信ができるらしく、みんなに伝わっていると教えてくれた。
ララの所には、マリとマルタさんがすぐに引き返して向かってくれたらしい。
エレンは、私と二人で行くためにこの駐屯所で待つようにとガルラさんに言われて待ってくれていたのだと言う。
ここまではガルラさんの魔法で脚力を集中的に強化して、二人で走ってきたのだと教えてくれた。
反対側に向かっていたのに、どれだけの速さで走ってきたのか。
ララの塔に一番近かったマリにララの応援に行ってもらったから、最短距離で何もかもすっ飛ばして来たのだと、自分の速さに笑えて来たと言っていた。
それで笑えるエレンが凄い。
セイランに担がれて移動したときの気持ち悪さを思い出して、目に見えるほどにげんなりするとエレンに笑われた。
とっさの俊敏性には自信があるが、あの速さで飛ぶように移動するのはもう嫌かもしれない。
それから、途中であの上位種と同等の者が出た時は、無理せずに逃げることを優先してほしいと伝言された。
そして、しばらくの休憩の後に、ララのいる神殿の塔に向かって二人で歩き出した。
駐屯所の何人かに一緒に行くと言われたが、二人なら離れても通信魔道具で連絡しながら隠れてやり過ごせる可能性があると言って、断った。
実際は、ルーベルグとゲルガンに出てきてほしかったから、説明が面倒くさかったからなのだけど。
ルーベルグとゲルガンに出てきて貰って、上位種に出会わないように祈りながら、小龍精の探知魔法を頼りに4人で進む。
神殿の塔が見える所まで来ると、周辺に慌ただしい声が響いた。
「魔物だ!迎撃態勢を取れ!遅れるな!」
指揮官らしき人の声を聴いて、エレンと二人で顔を見合わせて走り出した。
出現したのは、上位種ではない魔物が十数体。
指揮官らしき人に支援する旨を伝えて、魔法壁をいくつか展開した。
エレンは、ゲルガンに魔力を流して赤く炎の色に染まった剣を構えて魔物に飛び掛かっていく。
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