第36話 予期せぬ初陣

執事さん二人と少女4人の一行は、ララの家から南西の森の手前の畑に向かった。

途中、何にも出会わなかったが、ここには3人ほど真っ黒なローブを着て周囲を警戒する人がいる。

「あなた方は、ここで何をしているのですか。避難命令が出ていたはずです。」

ミハエルさんが声をかけると、めんどくさそうにゆっくりとローブの人が振り返る。

その顔には生気がなく眼が落ちくぼんでいて健康的な成人男性とは思えなかった。

「なんだ、おめ。あっち行ってろ。」

くぐもった声でそれだけ言うと、また向こうを向いてしまう。

ミハエルさんが肩に手を置くと、手を弾かれた。

ローブの男は、こちらを向くと大きく口を開ける。

自らの手を使って口を限界以上に開けようとする男の異様な行動に驚いて、動くなとオリガさんが剣を向けるが、男は構わず口を広げ続けた。

途中、ゴキッと音がして男は白目を剥くがそれでも手は止まらなかった。

そのまま口が裂け、上あごと下あごが耳まで開く。

血が流れても止まることの無いその手は、上あごから上を後ろに倒した状態で、今度は喉を広げだした。

そんな状態の仲間がいるのに、他の二人のローブの人たちは、見向きもしない。

血の匂いと異常な行動に、吐き気を堪える。

隣にいたエレンは口元を手で押さえていたし、後ろにいるララとマリは声を出さないように気を失わないように涙を流しながら堪えていた。

一瞬で私の数か月前の記憶が、鮮明に蘇る。半身をなくしたもの、頭が抉られていたもの、凄惨な状態の死体が思い出される。

「この人はもう、人では、ないかもしれません。気を抜かないで、剣を下げないで。」

私は、最悪を覚悟した。

何かが男の体を裂いて出てこようとしている。

それは、魔物以外に考えられない。

匂いと記憶で、頭がくらくらした。それでも、他の三人はきっと血の匂いすら辛いだろう。こんなものを見たら、叫んで逃げる。吐く。泣く。

私がそうだったから。あの時、何もできず、泣いて吐き続けた。

この中で私しか経験者は、いない。

私が動かなきゃ、ここで全員死んでしまう。

オリガさんとミハエルさんに、何かが出てくる前に殺してほしいと言った。

オリガさんが袈裟懸けに男の体を、切りつけると動きが止まる。

すぐに後退を伝えて、私が炎を放った。

人間の声とは思えない音がして、男だったものは前のめりに倒れた。

倒れた男の背中が、ローブの下でもぞもぞと動いた。

「多分、魔物が出てきます。他の二人が動かないうちに、撃退して一度撤退します。いいですね、相手に攻撃させないでください。お二人の腕力を強化します。お願いします。」

私はすぐさま、二人に強化魔法を施す。

二人は、混乱しながらも私に頷て、剣を前に構えて迎撃態勢を取った。

エレンとララとマリを、後ろに下がらせた。

きっと今は三人とも、気を失わないでいるので精一杯だろう。

走るつもりでいるように三人に言うと、頷いたのを確認して男だったものを見据えた。


ぎゃぎゃぎゃっ


耳障りな音がして、ローブが裂けた。

現れたのは、私と同じくらいの身長で、目と口が異常に大きく、鼻があるべき所には鼻腔と思わしき穴しかない。

黒く細い体に、大きな爪の生えた手、本で見たゴブリンを凶悪にしたような様相の魔物だった。

現れた魔物に、ミハエルさんとオリガさんは一瞬躊躇したがすぐに切りかかって行った。

ミハエルさんが左側から突きの構え、オリガさんは右側から上段から切り下す構えだった。

二人の剣は、素早い魔物の動きに空を切る。その一瞬に、炎を放つがこれも躱して魔物は、少し後ろに下がった。

すぐに目標を補足してミハエルさんが体勢を立て直し、オリガさんも地面に刺さった剣を抜き正面で剣を構えた。

私は、二人の体で守られる位置にいた。

魔物から私の姿見えないことを確認し、魔力を足に収束させて足を通して地面に魔力を流すと、魔物の足元の地面を掘り起こして固めて動きを封じた。

手からではなく、足を通じて魔法を放つのはロンデル様の発案だった。

私は、エレンとも連携のために足でも魔法を使う練習をずっとしてきた。

足を取られて動けないのを見るや否や、オリガさんが袈裟懸けにしてミハエルさんが頭と首を切り離した。

魔物は、魔物たる所以である魔核を残して霧散した。

私は、ほっと息をつく二人にまだ気を抜かないと目で後ろのローブ姿の二人を示した。

大きな音が出ないように、離れていた三人と共にララの家に向かって移動を始めた。

急ぎ足でその場を離れ、ローブ姿が見えなくなると本格的に走って戻る。

家の明かりが見えたところで、こちらに向かって飛んでくるルーベルグを見つけた。

「ルー君。」

「やっと会えた。アナ。」

飛び込んでくるルーベルグを手のひらで包み込んで、受け止める。

「シルビア様に伝えたよ。レーとゲルも、もう戻ってくるはず。」

「ありがとう、ルー君。とりあえず、家に戻ろう。」

ルーベルグの姿に驚く執事さん二人に、戻りながら説明をして、ララの家に帰った。

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