第22話 暗雲

訓練を始めてから、ひと月ほど経った。

体力向上の訓練は、素振りや体術までこなせる様になってきた。

エレンの攻撃は、速度と腕力が増して、威力が倍増し、薙ぎ払いのような範囲攻撃まで出来るようになった上、剣に精霊魔法で炎を纏わせることに成功している。

いつ見ても、美しい剣舞だと思ってしまう。きっと、戦闘になれば、甚大な被害を敵方に与えるだろうとも。

私も、体力が付いたからか魔力の塊であるロンデル様と精霊王様方のそばにいるせいか、魔力量が爆発的に上がった。余程のことがない限り、魔力の枯渇は無くなり、適性のある3つの属性の威力が上がった。

それぞれに新たな魔法も習得したし、弱体化魔法の範囲化・強化もできた。

そして、二人ともが成功率も正確性も向上している。

目に見えて、自らの成長がわかるのが楽しくて仕方なかった。

ただここ最近、入れ代わり立ち代わり精霊王様方の誰かがいなかった。

教えてくれる日じゃないときは、誰かがどこかに出かけている。

全員が揃うことが滅多にない。それでも、皆様優しいしいつもと変わらず接してくれているから、不満は無いのだけれど。


その日も、レミネス様が居なかった。もう3日ほど、お顔を見ていない。

その間の訓練は、他のお三方が交代でしてくれていた。

ロンデル様が居なくなることは無いけれど、いい加減少しくらい教えてくださってもいいんじゃないかと、自分でも何様だと思うけど、それでも拗ねてしまいそうだ。

朝食のパンをもぐもぐと頬張っていた時だった。

「お、朝飯に間に合ったな。俺が居なくて寂しくなかったか?お嬢さん方。」

軽口を言っても、疲れているのが見た目からわかる。

「おはようございます、レミネス様。今日は朝帰りなんですね。」

少し拗ねた口調で、エレンが言う。エレンも寂しかったもんね。

加護を受け、最初からずっとそばに居てくれたレミネス様に何も言ってもらえずに帰りを待つのは、きっと私より寂しかっただろうな。

「かわいい事言うなぁ。エレン。」

わしわしとエレンの頭を撫でて、笑うレミネス様。

「でも、結構大事な話があるから、今日の午前は報告会になりそうだ。」

言いながら席に着くと、目の前のパンを手に取って、食べだした。

精霊さんたちは、物理的な食事は必要としない。でも、同じ精霊が作った食事には魔力や体力を回復する効果があるみたいだと、このひと月の間に判明した。

それ以来、料理精霊さんたちは、大忙しで常に何かを作っているらしい。

私たちには、効果は無いらしいが単純に美味しくて調理精霊さんの食事は大好きだ。

ちゃんと休んでくれているといいな、とエレンとおしゃべりしたことがある。

「私たちも、ご一緒してもいいですか?皆さんが何かを一生懸命してらっしゃるのは知っていますが。私たちでは、お役に立てませんか?」

邪魔にしないでほしい一心で、思わず聞いてしまった。

「いや、何も言わずにいて、すまなかったな。今日は、元より聞いてもらうつもりだった。今日も、前みたいに湖に出ような。」

レミネス様は、にっこりと許可をくれた。

それからは、いつも通り和やかに、食事を楽しんだ。


最近湖の周りには、休憩所的なくつろぎ空間が出来上がっていて、大きなふわふわの長椅子や、可愛らしいお茶会用の丸机にお揃いの椅子、ロンデル様の定位置には巨大な鳥の巣状の籐の籠が出現している。

およそ会議などの真剣な話をするような場所には見えないが、些細なことも悩みもなんでも、ここで話すことになっている。

一応屋内に作られていた会議室は、既に大きな円卓は撤去されて多目的室になっているが、一度も使われたことがない可哀想な部屋になっている。

「さて、今まで調べていたことを話そうか。」

レミネス様が口火を切る。

「先ず、調べていたのは新興宗教と魔物の動向だ。いつからか、魔物に対抗する者たちが現れて宗教を興してな。調べてみると世界聖教会の一部の派閥だったみたいでな、聖龍正教と名乗っているらしい。そいつらが、出てきてから魔物の活動が下火になってきてはいるんだが、腑に落ちないことも起きててな・・・」

「聞いたことがない名前ですね。腑に落ちないこと・・・ですか?」

エレンが、首を傾げる。

「えぇ、私も調べたのだけど、魔物がおとなしくなった時期と聖龍正教が興った時期が一致していて、更に人が消える事件も同じころに起こり始めているの。しかも、魔都に宣戦布告している国の魔都とは反対側の遠い町や村で行方不明者が増えているの。何もかもがおかしいとしか言えないのよ。」

クシュ様の言葉に、二人で確かにと頷く。

「確かにそれは、おかしいですよね。魔都と反対側・・・マルレイとムンダイに宣戦布告しているのは、カッサリアとマーレンですか?どちらも現国王は好戦的だと聞いていますが。」

エレン、そんなことまで把握してるなんて、流石元王女・・・と、感心してしまう。

「そうねぇ、その二国と同盟関係の数か国も加わっているわねぇ。だた、今はまだ膠着状態ねぇ。どちらの国もお互いに牽制しあっているわ。先に手を出した方に魔物が集まって大変なことになるかもって、考えてるのかもしれないわねぇ。」

シルビア様が、教えてくれた。

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