第20話 鬼教官

目覚めると、いつもと違う天井に少し驚いて、直ぐに引越しをしたのだと思い出した。

今日から、朝食後に朝の走り込みをして、お昼を食べたら魔法を習うことになっている。

昨日の夜は、エレンも私も楽しみだねと、新しく作ってもらった寝巻き姿で笑って寝台に登りあがって、布団を被った瞬間に眠気に襲われ、今の今までぐっすりと寝ていた。

「おはようございます。」

扉が叩かれて、声がする。

扉を開けると、侍女服姿の精霊さんがいた。

薄緑の髪をまとめ上げて、どう見ても見事に完璧な侍女。

でも、精霊さんですよね?精霊さんも形から入るのだろうか…

「おはようございます。」

「お召替えなどのお世話をさせていただきます。私の事は、マユリとお呼びください。地精霊です。エレン様のお世話係は、風精霊のルフルが努めさせていただきます。後で、ご挨拶に参りますよ。」

ぺこりと頭を下げて、挨拶をしてくれる。

ご丁寧にと私も頭を下げてしまって、笑われた。

花が咲き誇るような鮮やかな笑顔が印象的なマユリさんだった。

マユリさんの手を借りて用意を終えた。マユリさんは髪型を変えるのが上手だ。

今日から訓練だからと、上の方で一つ結びにした髪を横に残した編み込まれた髪を使って飾って動かないように止めてくれた。

自分ではできない技巧に、ウキウキしながら部屋を出た。


部屋を出ると、同じく支度を終えたエレンが出てくるところだった。

「「おはよう。」!」

同時に声を出してしまって、笑う。

エレン付きのルフルさんが、声を殺して笑っているのを見てしまった。

「初めまして、アナ様。ルフルと申します。エレン様付きとなりましたので、今後よろしくお願い致します。」

長い銀色の髪を編み込んで後ろに纏めているルフルさんが挨拶をしてくれたので、こちらこそと頭を下げた。

同じように、エレンに向かってマユリさんが挨拶をしていた。

4人で食堂に向かう。

私とエレンは昨日の夜と同じ席に、マユリさんとルフルさんは侍女として配膳などがあるのか、すっと居なくなってしまった。

「「おはようございます。」」

ロンデル様と精霊王様方に挨拶をすると、今日はシルビア様が居なかった。

「シルビア様は、ご用事ですか?」

私が聞くと、ロンデル様が答えてくれた。

「うむ。何ぞ、気になることがあるとかで出ておるのぉ。」

「そうですか。いつも居てくださったから、なんだかいらっしゃらないのが不思議です。いつの間にか、皆様が居てくださることに慣れてしまったのですね。私。」

少し寂しさが出てしまって、恥ずかしくなった。

「私も、寂しいわ。いつの間にか、家族のようにずっとそばに居てくださったものね。いただきましょう?今日もとっても美味しそうよ。」

手を重ねてエレンが慰めてくれる。顔を上げて食卓を見ると、チーズのかかったパンとクリームスープ、柑橘系の果物を混ぜたサラダにプリンが、さぁ食べてくれと言わんばかりにいい香りをさせていた。

「うん、美味しそう!いただきます!」

エレンに笑顔で返して、美味しそうな食事達に手を伸ばした。

パンはチーズの焦げたカリカリが美味しすぎた。スープも朝のお腹に優しい味だった。サラダの柑橘が口の中をサッパリとさせてくれるから、途中レミネス様に訓練でお腹痛くならない程度にしなさいと注意を受けたほどに食べ過ぎた。

それでも、最後に残したプリンまでしっかりと食べ尽くした。

食事が終わると、今日の訓練内容や注意を受けて、訓練場に向かう。

訓練場の外には、大きな野外運動場が出来上がっていて、魔法をうっかり暴発させても大丈夫そうだと思った。


「さて、お腹は落ち着いたかよ。お嬢様方。今日からしっかりと、この数日のなまり切って食べ過ぎた腹に刺激を与えような!」

にっこりと笑う鬼教官と化したレミネス様が、腰に手を当てて宣言した。

「先ずは、外周を15周な。だらだら走るなよ?はじめっ!」

エレンは、タッと走り出した。私も素早さなら高い方だし運動は嫌いじゃない。

エレンに追いつき、横に並んで二人でニヤリと笑いあうと、速度を上げた。

それが、いけなかった。10周を越えたあたりで、二人とも速度が落ちてきた。

「最初に飛ばすからへばるんだぞ。ちゃんと考えないと、体力不足で敵にやられてお終いだな。この1周、ゆっくり走って靴の付与で回復しろ。」

レミネス様の優しくも厳しい言葉をもらいながら、何とか15周を走り切った頃には、二人ともがヘロヘロだった。

「まだ、走っただけなんだがな。まったく・・・少し休憩したら、次の訓練だ。セイレンとガルラが飲み物を用意しているから、飲んで来いよ。」

ふらふらとセイレンたちの所に向かうと、意地悪なセイレンの笑顔と、薄めの柑橘果汁の爽やかな飲み物で一息を付いた。

「怠けすぎたんだよ。アナ、俺と毎日走ってたくせに。」

「セイレンさん、アナは悪くないわよ。レミネス様ったら、私だけの時より張り切った内容を支持してきてるもの。」

エレンが助け舟を出してくれた。持つべきものは、優しい仲間。

セイレンは、まぁ頑張ってと追い出すように送り出してくれた。

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