第8話 迷い込む

扉まであと数歩で限界が来た。

真っ白な床にぺたりと座り込んでしまう。

まず体力をつけて、筋肉を元に戻さなければ…何も出来ない。

とりあえず、扉よりも近い机に這いより、支えにして立ち上がった。丸い天板の白い机には器に盛られた果物がたくさん入っていた。

私が気に入って食べた果物も、あった。

酸味のある柑橘類がいくつかと、ぶどうに似た果物一房、シャクシャクと歯ごたえの良い赤い果物とら同じ形の青い果物が3つ、小さな丸い赤色の果物がコロコロといくつも綺麗に盛り付けられていた。

小さな丸い赤色の果物は、甘酸っぱくて好きだ。大きめの赤い果物も、歯ごたえと果汁の味がさっぱりと薄甘くて好きだ。どれも見た事は無いけれど、美味しい。

立ち食いは行儀が悪いと気付いて傍にある白い椅子に腰かける。

また、もぐもぐと果物を食べ始めた。お腹いっぱいまで食べると眠気に襲われる。さすがにここでは寝てはいけない。食べて少し回復した体力で寝台まで辿り着いて、よじ登る。

掛物を被ると、またストンと眠りに落ちた。

何度か繰り返すうちに、体力もついて、足の筋肉も扉まで難なく歩けるほどに回復した。

扉の向こう側がどうなっているかわからないから、保険をかけて体力回復に専念していたおかげだろう。

あれからセイランはちょこちょこと来てくれているようで、必ず食べた果物は知らないうちに綺麗に盛り付けられていた。水もいつの間にか満たされている。寝てるうちに整えてくれているのかしら。起きてる時に、話し相手にもなって欲しいし、情報も欲しいのだけれど…

何日経ったのかはわからないけれど、今度こそ扉を開けよう。ずっとここには居られないのだし、発声練習もしてきたのだからお礼もちゃんと言いたい。出来れば、王都の近くの無事な村にでも戻る手段も聞きたい。亡くなってしまった人達も、ちゃんと弔ってあげたいと思う。この所ずっと考えていた事だ。

決意を固めて、扉に向かった。

扉に手をかけた時に、ひとりでに開いた。と思ったら、扉の向こう側にはセイランが居た。

「セイラン………」

びっくりした!!

「随分回復したねぇ。よく食べてよく寝たからだね。お利口さんじゃないか。よし、少し出かけようか。」

セイランに手を引かれて歩き出す。

扉の向こう側も、白かった。それでも、回廊のような廊下からは緑か目一杯に広がる外が見えた。見たことの無い植物。生い茂っていて力強く、手入れがされているようで美しかった。久々に見る色彩により一層鮮やかに見えた。

廊下を進んだ先にはまた扉がある。扉も白いが蔦の模様が彫刻されているのか、陰影さえも芸術だった。心が震えるほどの美しさと言える扉だと思った。

そんな扉を前にして、なんの感動も無いかのように無造作にセイランは扉を開き、緑の溢れる外に出た。

裸足の私の足の裏に、草の感触が新鮮だった。部屋の床は固く大理石のような感触だったから、少しくすぐったく感じる。

トコトコと歩いていくと、御伽の国に迷い込んだかの様に思えた。森の中で妖精に出会う女の子お話は小さい頃に大好きだった。

しばらくすると、緑の中に真っ白な東屋が見えた。そこには、誰かいるようだ。

東屋の白さが輝いて光の反射で顔は見えなかった。

近づくと、これまたセイランと似たような、だけれども更に超ド級の美人さんだ。性別を迷うほどに中性的で儚げで濃い翡翠色の瞳にセイランと同じ絹糸のような銀髪を大地まで届くほどに伸ばしている。精霊の王だと言われても疑問に思わない。いや、完全に納得してしまうだろう。

美人さんは、近づく私たちをゆっくりとした動作で確認すると、微笑んで待っている。

美人さんの目の前まで来ると、セイランが喋りだした。

「シルビア様、連れてきたよ。この子が、マルレイ王国の王都で倒れてた子。」

「はじめまして。マルレイ王国第一騎士団第二分隊長ゼロス・グランバルト伯爵が娘、アナスタシア・グランバルトと申します。」

紹介されて、礼節に則った丁寧な挨拶をする。

「そう、アナスタシア。よく一人で頑張ったね。体調はどう?私はシルビアと言うの。よろしくね。座って?」

席に着くよう勧められて、シルビア様の正面の椅子に座る。

「ありがとうございます。お陰様で体調も良く、回復に向かっております。助けて頂いたご恩は忘れませんし、今は無理と思いますが必ずご恩返しをさせて頂きます。」

「そんなに畏まらなくても大丈夫よ?お茶を飲みましょう?」

言われて、机を見ると、いつの間にか紅茶に似た飲み物が置かれていた。白い茶器に薄い琥珀色の飲み物。香りも紅茶に似て、懐かしかった。

一口飲んで、香りと味と温かさにホッと息が漏れた。

またいつの間にか、お茶請けのお菓子が出てきていて、勧められる。手を伸ばすと香ばしい甘い香りがお腹を刺激した。口に入れれば、甘く優しいサクッとした食感なのに口の中でほろっと崩れて美味しかった。

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