第5話 陥落
まさか王城があんな姿になるなんて、夢にも思わなかった。
白亜の宮殿は、左右対称の美しい造形で飾り立てず様式美にこだわりがあって、どこを見ても洗練されていると要人達が皆一様に褒め称えるほどの絢爛さを誇っていたのに。
見慣れた景色の変わり様に放心していると、辛うじて残っていた屋根の部分が崩れ落ちた。
大きな音を立て、崩れ落ちるその城に向かって叫んでいた。
「お父様ぁ!」
そこに居るはずの、優しい人。大好きな人。
今日は非番では無かったから、王族を守っているはず。それが役目なのだから。
走り出していた。校門の手前で教頭先生に阻まれる。掴まれた腕を振りほどいて、突き飛ばした。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!お父様!
ジュリアの声も、ユージンの声も、遠く聞こえた気がした。
まだ沢山約束した事があるのに!一緒に出来たばかりの糖蜜パンのお店に行ってない。お母様の誕生日プレゼントも選んでない。アレンの剣の稽古も見てあげてない。
ひたすらに走った。ただひたすらに、王城を、お父様を目指した。
城門を目前にして私の後ろから飛んできた火球が城門を燃やした。振り返ると、有翼種が空を覆うほどに飛び回っていた。
身がすくんで立ち止まりそうになる。魔物の姿が鮮明に目に焼き付いてしまう。
まだ遠く小さく見えるのに、火球が飛んでくるなんて。
その間にも次々と火球が城門や城壁にぶつかって燃え上がっていく……
「嫌よ!ダメっ!!」
城に向かって、また駆け出した。
火の熱さが皮膚を焼く、顔が熱い。
煙が喉に刺さり息が苦しい。吸ってはいけない。直ぐに腕で口元を隠したけど、少し吸い込んだかもしれない。
それでも、気持ちは前に向かって体を動かす。
何度もお父様と来た道、玉座の間までの道も覚えている。お父様の執務室はその手前。
王城の扉も燃えていた。燃える炎の隙間を見つけて中に入る。まだ、燃え広がっていない。
玄関ホールの奥まで来て、足を止めて周りを見渡した。
誰もいない…逃げたの?逃げる事ができたの?皆は、お父様は、無事でいるの?
人がいないかを確認しながら、早足で執務室に向かう。
この角を曲がると見えるはずの執務室の扉は重厚な造りの繊細な模様が彫られている美しい扉で蔦の模様が好きで、小さい頃にずっと触っていた覚えがある。
擦り切れてしまうからやめなさい。と、お父様が笑っていた。
見覚えのある扉は、開いていた。
飛び込んで中を見渡す。誰もいない。
続き部屋の衣装部屋にも、休憩用の寝室にも、部下の人達の待機部屋にも誰もいなかった。
直ぐに玉座に向かう。
また扉は開いていた。凝った装飾とはめ込まれた宝石達が重たくて、数人で開けるはずの扉。ここだけは、豪華にしないといけないんだとお父様が言っていた。あんまり好きじゃなかったけど、誰もいないとこんなにも寂しい佇まいなのか。
やはり、人の姿は見えなかった。
玉座の間を見渡して、考える。離宮から外に避難したのかもしれない。たしか、隠し通路は離宮が1番多いはず。詰め所にもあるとお父様が言っていたはず。
玉座の間を急ぎ足で後にして、離宮に向かった。火の手がそこまで迫ってきている。
燃える炎が爆ぜる音、建物が崩れる振動、火が回る熱さが迫ってきている。
早く見つけなくちゃ。誰の死体もなかったもの。誰もいなかったもの。生きてる、きっと生きてる!
離宮には、1回しか行ったことがない。たしか、7歳の時に3人目のお子様をご懐妊中の王妃様のお誕生日にお父様とご挨拶に行った時だけのはず。一本道だからきっと迷わないけど、隠し通路までわからない…行ってみるしかない。
あの後お生まれになったのは、第2王子様。まだ8歳になるかならないかぐらいのお年のはず。アレンとそんなに変わらないのに。
アレン…8つ離れて産まれた弟。少し生意気になってきて、今度お父様に剣を教わるのだと嬉しそうに話してくれた。その時は、一緒に練習しようと約束していた。アレンも無事でいて欲しい…お母様を守っていてね。2人とも、無事でいて。
離宮の入口のアーチは燃えていなかった。良かった…
でも、誰もいない。見張りの兵さえ居ないなんておかしい…第一騎士団は、王族の安全の為に離宮にも詰めているはず。
アーチを潜ったすぐにある詰め所にも誰もいない。隠し通路で脱出した?
詰め所を出ようとした時に扉の裏に下への階段を見つけた。隠し通路!
直ぐに駆け下りていく。
お父様!どうかご無事で。祈りながら、長い階段を降り、通路がわかるように点いている薄い灯りを頼りに曲がりくねった通路を走る。どこをどう進んでいるのか、城の地下どの辺りなのかさえわからない。方向感覚を狂わせるように登ったり降りたり坂道になっていて曲がりくねった道が続いている。
どれだけ走ったかもわからない程走った先に遠く小さなあかりが見える。
きっと出口だ。お父様がきっと居る。
陛下と王妃様と王子様方を連れて、きっと…
光に飛び込むと、そこは城下の一角の路地だった。そして、また自分の目を疑う光景を目にする。
「そんな………」
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