第4話 慟哭

先生方が校舎の外の出て行った。滅多に見ない先生方の緊張した表情と見慣れぬ装備に自然と身が引き締まる。王国歴始まって以来の緊急事態が今ここにあるのだと、思い知らされてる気がする。

生徒は全員が運動競技の為の競技場に集められていた。緊急事態だからと、全員ができる限りの武装をしている。

普段から使用している訓練用の剣や杖を持ち、緊張のままに待機を命じられている。その競技場の窓からは、遠くに校門が見えている。

さらに遠くに魔物と思われる姿。誰かが声を上げた。

「誰か走って来た!制服を着てるぞ!」

その声に一番前に行くためにほかの生徒をかき分けて急ぐ。

まさか、ジュリアじゃないよね。だって、家に帰ったんだもの。こんな魔物が見える中で、外になんて出てないよね。

そのまさかだった。男の子を腕に抱き、おば様といつもお茶を出してくれているジムさんを伴って走っている。

普段は貴族だからじゃなくても、運動が苦手で走ることなんて絶対にしないのに。

後ろから魔物が迫ってるんだ!追われているんだ!振り返らず前だけを向いて走るジュリアの背後には、魔物とその口には火球が見える。大きくなってる!

「ジュリアーーー!」

門が開いてジュリアが入ってきた。ほっとしたのもつかの間に、魔物が火球を吐き出した。

目を背けたくなった。息が詰まり視線が外れる刹那に教頭先生の魔法障壁が火球を防いでいた。

ストンと私の腰が抜けてしまった。後ろで見ていた生徒たちもホッと息をつくのが分かった。

間近で見た魔物の大きさ、火球の威力、防いだ障壁への衝撃、どれも経験したことがない。怖い。ただそれしか出てこなかった。

抜けた腰を引きずるように、這って動いた。ジュリアの所に行かなくちゃ。

「ユージン!どこ?」

「ここにいる。ジュリアの所に行こう。手を。」

わっかてくれている。差し出された手を取り、震える足を宥めて何とか立ち上がる。早く早くと気持ちだけが急いて足が縺れそうだ。

恐怖と混乱が支配する競技場を人をかき分けて出口に急いだ。

校舎とは別に建てられている競技場から校舎までは渡り廊下になっている。

渡り廊下を走りながら、何が起きているのかを考えるけど答えは見えなかった。

見えたのはジュリア達の姿。

「ジュリア!よかった・・・」

「アナ!ユージン!」

数時間前に別れたばかりの幼馴染の無事な姿にユージンも安堵の表情を浮かべていた。三人、まるで久ぶりの再開のように抱きしめ合った。

「何があったの?その子は?」

「この子は、ハン君。孤児院から私の家近くまで魔物に追われていたの。とっさに手を出して助けられたけれど・・・お母様とジムと4人で走ったのよ。」

後ろに隠れてしまった男の子の頭に手を置いて、少し微笑むジュリアが誇らしく見えた。私の幼馴染は、優しい人だ。

「ジュリアの家にまで魔物が迫っていたということは、王都は魔物がかなり入り込んでいることにならないか。」

ユージンの言葉に、はっとする。我が家は、どうなっているだろうか。ジュリアの家と私の家もユージンの家も左程遠くない場所にある。

おば様ですらこの様子では、お母様もアレンも慌てているはず。

どうしよう・・・安全な場所にいてくれればいい。でも、この王都に安全な場所なんて、学校か王城しか思いつかない。

「お母様・・・アレン・・・」

「アナ・・・あの・・・お父様は、城壁の付近で魔物との交戦中にお亡くなりになったんですって。それで、聞いた話では、かなりの数の魔物が現れたそうよ。」

「はい。知らせてくれた兵士の話では、南から突然現れたとそう言っておりました。それを昼頃に見張り台から確認し、第二騎士団が南側城壁に向かったと。」

ジュリアの言葉をジムさんが補足してくれる。

「では、父上の隊も出ていたのか・・・?」

ユージンのお父様も、第二騎士団。出ている可能性がある。

「はい。第二騎士団の半分が先発したとのことですので、可能性はあるかと。」

ジムさんの言葉にユージンの顔が曇る。

「まずは、お母様とハン君を休ませてあげられませんか。」

「そうね、ごめんなさい。あちらへ参りましょう。休める場所と食べ物が少しあります。」

「ごめんなさいね。走ることなどなかったから、休めるのは嬉しいわ。」

ユージンと共に来た道を戻った。

おば様とハン君は、ジムさんと共に休める場所を確保できたようだ。

ジュリアと私とユージンは、校門を死守している先生方のところへ足を向けた。


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「お前たち!なんで来た!競技場に戻りなさい。」

ドラゴ先生から大きな声が飛んでくる。

「先生、何が起きているのですか?ジュリアの家あたりにまで魔物が出たんです。王都は、正規兵の方々は、王宮からの援護はどうなっているのですか?」

私は、先生の言葉を無視して問いかけた。

先生方も困惑の表情をしている。つまり、王宮からの援護も情報も受け取れていないのではないだろうか。

「何もないのですか?王宮から・・・」

「あれを見てみなさい。」

教頭先生が校舎を挟んだ反対側に見える王宮の方を目線だけで示す。

そこには、いつもの美しい白亜に輝く王城の姿はなく、頭から横腹にかけての向かって右側半分を何かに抉り取られ辛うじて立っているだけの状態の王城が見えた。

「うそでしょう・・・」

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