常連さん

「てんちょー、クローズさぎょうはじめますね~」

 最寄りのドラッグストアへ閉店前に駆け込んでお気に入りの目薬を探していると、バイトの店員が妙に気の抜けた声で店長に報告する声が聞こえる。閉店間際の店内は終業前の少し弛緩した空気が漂っていた。

 ここは全国展開しているチェーン店のドラッグストアだ。チェーン店というのはどことなく血の通っていない機械的な雰囲気を感じるものだが、閉店前の油断からか少し人間くさい部分が見え隠れしている。

 いつもの場所にあったお気に入りを持ってレジへと持ってゆく。

「いつもありがとうございます」

 油断しているとレジのお姉さんにそう声をかけられた。「お気に入りなんですか、それ?」「ええ、まあ、はい」急なことにしどろもどろになりながらなんとか答える。そんな私の様子にお構いなくお姉さんはてきぱきと会計を済ませる。「袋はどうされますか?」「いえ、……結構です」

 たったそれだけのやり取りだが、少し暖かく感じた。不思議な感覚。例えるなら喫茶店で常連になって「いつもの」で注文を済ませるような感覚だ。まあ、生憎と常連になるほど喫茶店に通ったことはないが。とにかく、ちょっと嬉しかったのだ。


 次の日、牛丼屋のバイトをしていると、見知った顔のお客さんがやってくる。いや、一方的に見知っているだけだが。お昼のピークを少し過ぎたくらいにやってくるスーツ姿のおっちゃんで、いつも温玉牛丼並を注文するのだ。おっちゃんが食券を買っている間にお冷の用意を済ませ、温玉牛丼を盛りつける。おっちゃんが席に座ったのでお冷を持って食券を取りに行く。そこでふと昨日のことを思い出す。「いつもお疲れ様です」私は一言添えて、お冷を出す。「こちらこそ、いつもありがとうね」たった一往復のやり取りだが、私は少し嬉しくなった。おっちゃんも同じ気分を味わっているのだろうか。

 軽い足取りで用意しておいた温玉牛丼を持って行く。「おまたせしました」いい気分でお盆をカウンターへ置く。「なあ、店員さん」早速雑談でもするつもりだろうか。まったく、さっきのやり取りですっかり常連気分とは調子のいいおっちゃんだ。

「これ、注文と違うよ」

 そういわれて食券を見る。どうやら調子に乗っていたのは私のようだ。

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