露出狂文芸

「ねぇ、小説って書いてて楽しい?」私はつい今しがた読み終わった原稿用紙を置いて目の前の彼に問いかける。小説を読むだけの私と違って、彼は毎日文芸部に顔を出してはせっせと原稿用紙にペンを走らせている。「もちろん、楽しいよ」

「どんなところが?」自分の書いたものを恥ずかしげもなく私に見せてくる彼の心が知りたくて、さらに問いを重ねてみる。「うーんと……あんまり変な意味に捉えないで欲しいんだけど」そう言って、彼はペンを置いて制服の襟を少し開いた。

「露出狂の気分になれるんだ」「変態」突然何を言い出すのか。セクハラだセクハラ。「変な意味に捉えるなって頼んだだろう? 言ってみれば小説を書くってのはマジックミラーで囲われた部屋の中で丸裸になるようなものなんだよ!」私の罵倒にも怯まず、さらに重ねて語ってきた。露出狂だとか丸裸だとか、いちいち表現が変態的だ。しかも、若干テンションが高い。「公然わいせつ罪で捕まってしまえこの変態」しかし、再びの罵倒もどこ吹く風だ。

「向こう側からはこっちの姿は見えないから捕まらないよ。だって、何を書いても言い訳ができるだろう?」やっとまともな表現になってきた。私はもう少し詳しい説明を求めて続きを促す。「どういう事?」「例えば、登場人物にこう言わせてみる。『小説なんて書いてる奴はみんな自己陶酔が大好きなナルシスト野郎だ。自我を膨張させて破裂してしまえ』って。それでも『これはあくまで登場人物の考えだから、僕はそんなこと考えてませんよ』って言い訳ができる」

 自虐だろうか。その言い方だとそれが本音に聞こえるけど。まあ、今の話で少しわかった。「つまり、一方的に自分の考えをさらけ出せるってことね」彼は再びペンを握って、ご機嫌そうに回し始めた。「そういうこと。読んでる人にどう思われても、それはフィクションですよって言って逃げれるんだ。だから僕は変態じゃないし罪にも問われない」「それじゃあ、結局のところあなたの小説には、あなたの本心が書かれているの?」そう聞くと、急にペンを回す手が止まった。「それは……秘密で」

 煮え切らない態度で返事をされる。結局、今日読まされたこの小説は何なのか。私にそっくりなヒロインがこれでもかとほめそやされている。この紙面を隔てた向こう側で彼は丸裸になっているのだろうか?

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