伸びすぎた芯

 消しゴムをかけた後だけが残っている原稿用紙を前にしてくるくるとシャープペンシルを回していると、携帯電話が震えながら着信を告げる。遅々として進まない原稿から意識を移して空いている左手で電話に出る。


「久しぶりだな。電話なんて珍しいじゃないか。」

「お久しぶりっす先輩。今、お時間大丈夫ですか?」


 電話をかけてきたのは大学時代によくつるんでいた後輩だ。丁寧に時間を取れるか聞いてくるなんて、随分と社会人らしくなった。昔はこちらの予定なぞ構うことなく引っ張り回してくれたくせに、生意気になったもんだ。「ああ。どうせ暇だしな。」そう答えながらペンの背中をノックする。カチカチッと芯が伸びる音が響く。「あ、先輩なんか書いてんすか?」「あ、まあ……な。」「へぇ。物書き、今も続けてるんですね。なんか変わってなくて安心しました。」

 さらにペンの背中を叩きながら応じる。「別にいいだろ、それより何の用だ?」「なんていうか、近況報告がてら飯でもどうかなと思って。」「今からか? 相変わらず急だな。」「いやいや、流石に今からはないっすよ。今週末にでもと思って。」「なんだ、今週末か。」

 カチカチ、カチカチとさらにペン先は伸びてゆく。今週末はこの原稿さえ書きあがれば暇だが、果たして終わるだろうか。「実は報告したいこともあるんすよ。」後輩が弾むような声で言う。「楽しそうだな。」「いやーわかります? 先輩には一番に報告したくて。それで、今週末どうですか?」「そうだなぁ。」コイツもいい歳だから、たぶん結婚だとか昇進だとか、そういう話だろうな。今にも折れそうな、伸びすぎたシャープペンシルの芯を見つめながら質問に答える。「難しいかも。」「えー。そんなこと言わないでくださいよ。先輩らしくもない。」「そうは言っても仕事がなぁ。」「ホントに楽しみになんすよ? 飯食うのも、それに先輩の小説を読むのも。」

 うっかり、ペンを落としそうになる。そうか、楽しみかー。天井を仰ぎ見て深く息を吐く。それから、伸びた芯を折らないように、慎重に戻す。ちゃんと文字を書ける長さにしてから、こたえる。「そこまで言うなら、頑張って時間を作るよ。」「ホントっすか! ありがとうございます!」底抜けに明るい声で嬉しそうに礼を言われる。


「店とか予約とかは任せるよ。じゃあ、詳細はまたメールしてくれ。」

「ハイ! お任せください!」


 そんなやり取りをして電話を切る。少なくとも一人、楽しみしてくれる人がいるなら、まだ筆を折るわけにはいかない。俺は再び原稿に向かうことにした。

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