遺影

「俺は写りが悪くてな、写真は全部処分しちまった。だから遺影に使えるのは一枚もない。だけど昔、友人の絵描きに描かせた奴があったはずだ。ま、少し小さいがそれを使ってくれ。」


 つい先刻、祖父の残した最後の言葉だ。家族みんなに看取られての大往生で、思い残すことなど何一つないという顔で静かに眠りについた。残された我々も葬式までの段取りはできていたのだが、ただ一つ、遺影だけが用意できていなかった。祖父が息を引き取る間際に写真の在処ありかを尋ねたところ、返ってきたのが先ほどの言葉だ。

 さて、仏様を葬儀屋に任せて兄と二人、祖父の家で肖像画を探す。しかし、祖父の絵などというものは見たことがない。あの性格のねじくれた爺さんは人をからかう癖があったから、今回もいっぱい食わされただけかもしれない。とはいえ、故人の最後の頼みとあらば探さないわけにもいかないだろう。仕方なしに空き巣のごとく机の引き出しや箪笥の中身をひっくり返していると、出てくるのは便箋や葉書、それと祖父が集めていた大量の切手だった。肖像画らしきものは見当たらない。


「おお、こいつはレアな切手じゃないか。流石は爺さんだ。モノの価値ってのが分かってるね。」

「遊んでるんじゃないよ兄さん。頼むから今懐にしまった切手を戻してくれ。本当に空き巣になっちまうよ。」

「いいじゃないかちょっとくらい。どうせ家のモノは好きに持ってけって言われてるんだし。」

「わかったわかった。でも葬儀まで時間が無いんだ。切手を物色してないで祖父を描いたっていう絵の方を探してくれ。」

「へいへい。にしても本当にあるのかねそんなもの。」


 兄さんは文句を言いつつも家探しを再開する……かと思いきやすぐに切手漁りに戻ってしまった。だめだ、兄さんは探すのを諦めている。俺も、あの偏屈爺さんのいう事なんて、真面目に聞かなくてもいいのかもしれない。


「ん。見たことないフレームの切手だな。あー? 自作切手ってやつかな。」

「おいおい、いい加減に――自作切手?」

「ああ。自分の好きな写真やイラストを切手にできるんだよ。案外お手軽で1500円くらい。」


 『少し小さいがそれを使ってくれ。』という祖父の言葉を思い出す。まさかと思って切手を漁る。


「お、お前も切手に興味が湧いてきたのか?」

「違う違う――あった。まさかとは思ったけどあのじじい。」

「何があったんだ。」

「ほら、爺さんの顔が描かれた切手だよ。ははっ。まったく死んでも人をからかうのを止めないとは。」


 あーおかしい。あの爺さんはどうやら自分の顔が描かれた切手を遺影に使ってほしかったらしい。まさか、そのために写真も処分したのだろうか。俺は兄と顔を見合わせて笑う。笑いすぎて涙が出てくる。それを拭った指先が濡れる。ああ、ちょうどいいな。俺は濡れた指先で切手の裏を濡らして、遺影の台紙に祖父の顔を張り付けた。

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