湖の怪物

 怖い――。自分がそこにいるわけではないのに足がすくむような気がする。実際に動かないのは左手の親指だ。画面の中には自分の分身。分身わたしは巨大な湖に面したがけの上にいる。湖面は規則的に揺れていてまさに作り物といった感じがする。水は不自然なほどくらく濁っていて、中を見通すことはできない。飛び込めば湖に飲み込まれてもう出てこられないような気さえする。

 一瞬、湖の中に稲妻が走る。湖の中の怪物が「かかってこい」と挑発する。私は唾を飲む。イヤホンで耳が塞がっているせいで、いやに大きく聞こえる。

 このまま電源を落としてしまおうか。こんな怖い思いをするくらいなら……。しかし、逃げてしまえばそれまでだ。ここから先へ進めない。ダメだ。これはプライドの問題だ。倒さなければ進めないのだ。

 決意も、気合もいらない。ちょっと自分をごまかせばいい。目を瞑る。頭を空にして、左スティックを上に倒す。ぱしゃん。分身が湖に落ちる音。じっとしていると聞こえるのは泡の音だけになった。目を開けると、分身の前に怪物がいた。驚いた私が漏らした小さな悲鳴は、怪物の咆哮にかき消される。そして、一瞬前の自分を恨みながら戦闘が始まるのだ。恐怖かいぶつを打ち倒すために。

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