おまるこまるダンサーになる編
女二人、威勢よく壇上に登場。
化粧の濃い肥満体の女は真っ赤なムームーを着て、長い茶髪に赤いハイビスカスの花を飾っている。スレンダーな相方は、紫色の目元、唇の病的なメイクに暴走族風な黒いつなぎ姿で短髪をぎんぎんにたてらせている。
両者、壇の中央で互いの顔を見合わせ、体をのけぞって仰天。
おまる「ひゃーびっくりした!あんたホンマにこまるか?もしかして替え玉ちゃうんか」
こまる「アホ、うちら何年付き合ってきたんや。本物に決まってるやんか、それより驚いたんはこっちや。あいもかわらず全身ハデハデやなあ・・」
おまる「へへっ、ハワイの娘さんみたいやろ」
こまる「(あきれ顔で)娘ねえ・・ま、ハワイにもパンプキン娘は一杯いるわなあ」
おまる「失礼な、わて怒るでえ」
こまる「(急いで客席に目を向け)あかん、そんなしょうもないことより、お客様にあいさつが先や」
おまる「そうやった・・(客席を見渡し声高らかに)皆さん、ようこそおこしやす。おまるでーす、お会いできて嬉しいわあ」
こまる「ごあいさつが遅れてすんまへん、こまるでーす。今日は思いきり楽しんでってや」
両者、客席に深々とお辞儀をする。
おまる「・・にしても、あんたの恰好まるでヤンキー姉ちゃんや。前のジミ~なんもさえんかったけど、そりゃまた飛びすぎやで」
こまる「なかなかカッコええやろ」
おまる「化粧もまた気色悪いでえ、頭のイカれた薬物中毒患者みたいやな」
こまる「なんちゅうたとえや。せっかく気分ようオシャレしてきたんやで、お客様の前で恥かかさんといてえな」
おまる「こりゃ、すまんかった。でも、ホンマにどういう心境の変化や。何かあったんか」
こまる「うちの事はあとで話すわ。それより、あんたこそハワイにでも行ったんか?ハイビスカスの花までつけて・・」
おまる「実はな、フラダンスの教室に通いはじめてな」
こまる「またダンスかい」
おまる「食欲の秋、芸術の秋いうやないか。わて食欲は一年中旺盛やけど芸術はとんと縁がのうてなあ。今年こそ何かやりたい思て近所のカルチャー教室のぞいたんや」
こまる「ほお~そうやったんか。で、なんでフラダンス?」
おまる「興味あるとこ全部あたってな。まず絵画や、これはいけすかんかった」
こまる「ムカツクことでもあったんか」
おまる「先生はベレー帽かぶった渋いお爺ちゃんで別に不満はあらへん。でもな、きどった生徒の女どもが気にいらん、おたく油絵でっか水彩でっかアクリルでっか今まで何か賞とったんか聞かれてもう質問ぜめや」
こまる「どう答えたん」
おまる「絵は小学校以来描いた記憶があらへん、むろん賞なんか無縁のもんやいうて正直に答えた、そしたらな、この教室は美大卒やコンクール入賞者ばっかやからシロートは大変やでって」
こまる「じゃ、そこの生徒さんらはプロのつもりなんやろか。でもがてんいかんな、プロが今さら教室や行くもんかいな」
おまる「昔のちっぽけな栄光にしがみついた自称芸術家の集まりや、で即パス」
こまる「当然や、ホンマいやみやなあ」
おまる「そんで次はな、アレンジフラワー」
こまる「それうちもやったことあるで、花をブスブス刺して作品にするんやろ」
おまる「いやなあ、わても人のこと言い過ぎかもしれんけどな。今度は先生が気にいらへんかってな」
こまる「また自意識過剰の気取りんかい」
おまる「逆やねん」
こまる「ハ?」
おまる「中年の女の先生やったんやけどな、ボサボサ頭にすっぴんで出てきた時、がっくりしてなあ。服装もセンスのないジャージ着て、おまけに小汚いサンダル履きやで」
こまる「家のかっこう、そのままで駆け付けたんやろか、仮にもお花の先生やろ」
おまる「でもな、アレンジの腕の方はえんかと期待したんや。フンあんのじょう幻滅やったけどな」
こまる「へたくそなんか」
おまる「それ以前の問題や。さあ花を活けましょういうてバケツに入った花を新聞紙の上に並べたんやけど、まあどれもこれも黄色。しなびた黄色の花しかないんや」
こまる「花を選んだんは先生やろ?バリエーションつけるん好かんのやろか、或いは黄色がラッキーカラーでそれしか使わんとか」
おまる「そんなアレンジフラワーあるかいな。とにかく、わて、あそこではみじんも美意識生まれんから即パスした」
こまる「やる気が失せるんじゃしゃあないな」
おまる「次は<源氏物語を読む会>いうんに行ったんや、文学もたまにはええなあ思て」
こまる「あんた、ふだん本読むんか」
おまる「ほとんど読まん、週刊誌はおもろいけど活字ばっかは目がチカチカしてな」
こまる「老眼やったか?」
おまる「ちゃうわ、わて目だけはええねん」
こまる「ようは活字が苦手なんやな、そやのに源氏物語に興味あるんか?ははん、わかった光源氏に憧れてんやろ」
おまる「その通りや、天下のプレイボーイの恋愛遍歴の話をじっくり読みとうなってな。恋のかけひきの勉強にもなりそうやし」
こまる「そこはどうやったんや」
おまる「いやあ眠い、ホンマ二時間座りっぱなしで原文を読んで、訳して、まじめーな感想を発表するんや。学校の古典の授業と雰囲気そっくりできつかった」
こまる「まじめーな感想てたとえば?」
おまる「光源氏みたいな旦那だったら、終始シットに苦しまなあかんから、伝書鳩みたいな自分の亭主の方が安心できて幸せとか」
こまる「くだらん、ただ女にもてんだけやろ」
おまる「毒舌やなあ。でも同感や、よその女が願い下げのさえん男より誘惑される危険がいっぱいのイカす男の方がええわなあ」
こまる「(うるうるした目つきで)ええ!」
おまる「なんや、つまらんからそこもパスして、そんでフラダンスに行ってみたんや」
こまる「ええとこやったんか」
おまる「ああ、ええ男やった」
こまる「はあ?」
おまる「フラダンスの先生、背高うてごっつ男前やねん。平成の光源氏みたいなんやで」
こまる「へええ」
おまる「ダンスも陽気で楽しいし、光源氏と彼をとりまく女たちみたいな感じで最高や」
こまる「他の生徒さんも女ばっかりなんか」
おまる「そうや、全員女や。皆うっとりして先生の近くに寄っていってな・・わてもアプローチしたいんやけど、なかなかな」
こまる「いったいどうしたん、あんた前はえろう積極的やったやないか。婚姻届持って相手んちに押し掛けたこともあったやろ」
おまる「・・そのあげくがストーカーで訴えられて逃亡生活や、あんな情けない思いはまっぴらごめんや」
こまる「恋の痛手がトラウマになってんか、かわいそうに。でも、あんたらしいないな」
おまる「フラれつづけた女の人生、亭主持ちのあんたにはわからへんわ。そういや、あんたの亭主家出してたん帰ってきたんか」
こまる、にんまりした笑いを浮かべ
こまる「いやん、実は最近ラブラブなんやで」
おまる「独り者にうっとし話やな、ええ年して何がラブラブや、キモいなあ」
こまる「まあ聞いてや、わての今の洗練された服も実は亭主とペアルックなんや」
おまる「ゲー、あのカッパそっくりな旦那がそんなん着てんのか?(顔を左右にブルブルさせて)似合わへん、似合わへん」
こまる「ひどいなあ・・あんた意外に意地悪やなあ、せっかく好きで着てんやからええやないか。あんたのムームーと一緒や」
おまる「・・そうやな、堪忍してや。わては心の狭い身勝手な女やわ(ため息)」
こまる「まあええから聞いてんか。うちの亭主が家出して半年も戻らへんから、捜しようもないし殆どあきらめかけてたんや」
おまる「どこにいたんや」
こまる「阪神中央公園」
おまる「やっぱりな、前ん時もそうやったな」
こまる「ある日公園の中歩いてたら、若者の集団がガンガン音楽かけて路上ダンス踊っててな。それがけっこうカッコええねん」
おまる、いきなりステップを踏み出し
おまる「こんなダンスやったんちゃうか」
こまる「(首をかしげ)ちと、ちゃうなあ。よっしゃ、うちが踊って見せたる」
こまる、両手両足を前後に大きく開き体を前に屈めてポーズの姿勢
こまる「ミュージックスタート!」
アップテンポな洋楽がかかり、こまる、それに合わせてリズミカルに踊りだす。流暢にステップを踏んで踊る姿に、予想外のおまるはただ茫然。客席は大いに盛り上がる。きりのいい所で音が止み、同時にこまるの動きも静止する。興奮した客席から盛大な拍手。
おまる「・・あんたがこんなにダンスがうまかったん、わて全然知らんかった」
こまる「実はな、うちも知らんかった」
おまる「はあ?意味がわからへん」
こまる「さっきの話のつづきや、路上ダンスの若者の中に一人だけ年のくった男がいてな。帽子とサングラスしてんやけど、どことなく亭主に似ててな」
おまる「まさか」
こまる「うちも亭主がダンス踊るやいうん聞いたことも見たこともあらへんから、他人の空似やと思たんやけどな。急に突風が吹いて帽子が飛んでいってもうたんや。慌てふためいて帽子を追っ掛ける男の頭見たら、てっぺんハゲでなあ。やっぱり、うちの亭主やったわけや」
おまる「それで家に連れ戻したんか」
こまる「長いこと留守にして悪かったって土下座して謝られてなあ、うちももう許した。でもな公園でダンス踊りに行くんはやめんて言いはるんで、一緒に行ってみたんや」
おまる「ミイラ取りがミイラになったわけか」
こまる「その通りや、今は夫婦揃ってダンスのとりこなんやで。愛が復活したんも毎日楽しいんも、全部ダンスのおかげやねん」
おまる「ええなあ、わて何かミジメになってもうた。そうかて、あんたは仲のええ旦那もいるしダンスはうまいし。それにひきかえ、わては長屋でわびしい一人住まいや」
こまる「何言うてんねん、あんたかてダンスうまいやないか」
おまる「お世辞言わんといて、前踊って見せた時あんた阿波踊りか佐渡おけさみたいや言うてケラケラ笑ったやないか」
こまる「そうやったか?失礼な事言うて、えらい堪忍な。でも、あんたの踊りはええで。ホンマに楽しげにのびのび踊って、見てるもんまで愉快になるで」
おまる「(気を取り直した様子で)そうか?」
こまる「そうや、うん、いっちょここで踊ってんか。フラダンスとやらを見てみたいわ」
おまる「(大声で)よっしゃ、わても踊ったろか。音楽スタート!」
ハワイアンミュージックが流れ、おまる、両手を揺らし両手を伸ばし腰をくねくねと振って踊りだす。至福の表情を浮かべ、ひょうきんな振りで踊るおまるに客から温かい拍手が贈られる。
こまる「いやあ、よかったでえ。やっぱり、あんたの踊りはサイコーや」
おまる「(さも得意気に)あったりまえや、そのへんのカッコばっかりのダンスとちごて、年季と心意気があんねん」
こまる「急に元気になったやないか、それでこそおまるや」
おまる「わてかて、たまには落ち込むことあるわい。でももう大丈夫や、ガッツでフラダンスの先生にアタックするさかいな」
こまる「好きなようにしいや」
おまる「そうと決まったら、急におなかすいてきた、焼肉でも食べにいこか」
こまる「またカルビ十人前食うんか?これ以上太ったら、先生ゲットできへんで」
おまる「食欲の秋や、花よりダンゴや、こまかいこと言わんでレッツゴー!」
こまる「ほんじゃ皆さん、グッドバイ。今日はわざわざ来てくれてありがとうさん」
おまる「ええ秋を過ごしてなあ」
笑顔で両手を振りつつ、壇から二人退場。
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