春は希望の季節編

 女二人、威勢よく壇上に登場。

 厚化粧をした小太りの女はポニーテールの茶髪に、Tシャツ、派手な花柄のフレアースカートのいでたち。短髪でやせぎすの相方は、地味な無地のポロシャツにジーパン姿。


おまる「ハローエブリバディ。マイネイムイズ、オマール!」

こまる「こまるで~す。みなさん、ようこそおいでやす」

おまる「アイム、ベリィハッピー。ナイステューミーチュー」

こまる「あんた何下手な英語しゃべってんねん、発音もろ日本語やんか。えろう若作りの恰好といい、今日はまた一段と変やでえ」

おまる「ほっといてんか。それよりまずはお客様にご挨拶や。レディアンドジェントルメン、懲りもせず、おこしいただきまして(指でピースを作り)サンキュベリィマッチ!」

こまる「ホンマおおきに」


両者、お辞儀をしつつ客の顔をぐるりと見渡す。


おまる「暦の上ではもう春やけど、まだまだ寒うおまんなあ」

こまる「春のはじめは、ぬくうなったり寒うなったりするんや。三寒四温て言うらしいけど、うまいこと表現するもんやな」

おまる「(得意気な口調で)スリーコールド、フォーウォーム」

こまる「さっきからなんや、ええかげん奇妙な英語使うんやめてんか」

おまる「奇妙なとはなんや、失礼やで」

こまる「そうかて前会った時はフツーにしゃべってたやないか。なんで急に日本人からアメリカ人に変身したんや?」

おまる「えへっ、やっぱりアメリカ人に見えるか?」

こまる「見えるもなんも、わざとそう見せてるやないか」

おまる「まったく愛想のない女やな、うちのポニーテールや洋服どないや?よう似合うわとかキュートやとか、お世辞のひとつも言わんかい」

こまる「心にもないこと言えるか。ホンマ言うて、ごっつう不気味やで」

おまる「・・たくセンスのない人間はこれやから嫌や。ぜんぜん会話にならへん」

こまる「ほうか、じゃ残念やけどこのへんでお開きにしまっせ。皆さん、さいなら~」


 こまる、客に会釈をし檀の端に向かってスタスタと歩きだす。おまる、呆然とその後ろ姿を見つめていたが突然


おまる「(困惑したように)待ちいや」


 こまる、おもむろに立ち止まり、おまるの方を振り返る。


こまる「まだ、なんか用でっか」

おまる「用でっかって・・うちら何しにここに来たんか忘れたんか?」

こまる「ハテ?なんか用があったんやろうか。うち最近物忘れがひどうてなあ」

おまる「ファッションショーするいう約束やったやないか、だからうち、めかし込んで来たんやでえ。そやのに、あんたの恰好は普段のままやないか」


こまる「そりゃ申し訳なかったな。でも、そんな約束いつしたやろ」

おまる「したやないか、ナオミキャンベル(注・米人モデル)にも負けん脚線美を誇るおまると、引き立て役の三等身のこまるで大々的に売り出そうと打ち合わせしたやんか」

こまる「(元の場所に戻りながら)嘘こけ!ホラもたがいにせえや。ファッションショーの約束やした覚えはないで」

おまる「(おどけた仕草で)すんまへ~ん。だって全然ほめてくれへんもん」

こまる「そんなにほめてもらいたんか」

おまる「(全身をくねらせ)そりゃ女の子やもん」

こまる「わかった、わかった。うちも大人げなかった・・服も髪もばっちしキマってるで」

おまる「そうやろ、うち洗練したファッショナブルレディに見えるか?」

こまる「見えるって、でもなんでいちいち英語使うんや」

おまる「よくぞ聞いてくれはった、実はな、うちニューヨークに行ってきたんや」

こまる「入浴?どっかの銭湯か温泉のことか?」

おまる「ちゃうわ、ニュー・ヨー・ク!アメリカでんねん」

こまる「ホ・・ホンマに?ひとりでか」

おまる「オーイエス、ニューヨーク・イズ・ナイスシティ」

こまる「いったい何しに行ったんや、そうか・・わかった。また何か悪いことしたんやろ、指名手配から逃げきれん思て海外にとんずらしたんやな」

おまる「そうや、逃亡者おまるとはわてのことや」

こまる「(バンザイして)わーい、おまわりさんに通報してやろ」

おまる「あほっ、純粋に遊びに行っただけや。ほら、わて前に宝クジ当たったんで家買って見合いしまくってたん覚えてるか」

こまる「見合いは結局どうやったんや」

おまる「そろいもそろって見る目のない男はんばっかりでな。もう日本じゃらちがあかん、わての器はもっとグローバルやいうことに気付いたんや」

こまる「それでニューヨークに女一人旅か、かっこええな」

おまる「出会いのチャンスが多て、わての魅力をふんだんに発揮できる場所いうたらダンスホールやろ。そう思て添乗員に頼んで連夜店を案内してもらったんや」

こまる「ダンスホールにか・・今はクラブいうんやで。でもあんたが踊りが得意いうんは初耳やな。ちょっと踊ってみせてんか」

おまる「おやすいご用や」


 おまる、壇の中央に立ち「ミュージックスタート」と指を鳴らす。すぐにノリのいい音楽が流れ、めちゃくちゃなステップで踊りだす。


こまる「・・そりゃ、なんの踊りや」


 おまる、ダンスに熱中して返事をしない。壇上を所狭しと飛び跳ねて踊る様子は、狂ったように木々を渡り移る猿のようである。


こまる「(両手をメガフォンのように口にそえて)スト~ップ!」


 音楽がぴたりと鳴り止み、同時におまるの身体も踊りくねっている姿で静止する。


おまる「なんや、ええとこやったのに」

こまる「いったい、その踊りはなんなんや。ホンマに今ニューヨークのクラブでそういうのがはやってんのか」

おまる「しらん、わてが勝手に気の向くまま踊っただけや。悪いか?」

こまる「悪いとはいわん、でもな、仮にも恋人捜しが目的やったんやろ。そのダンスで男はん寄ってきたんかい」

おまる「フンあたりまえや(陶酔の表情で)うちを遠巻きに、うっとり見惚れる金髪や栗毛の美青年・・わては彼らのダンシングクィーンやったんやで」

こまる「(小声で)皆おびえて避難したんやな・・で、恋人はできたんか?」

おまる「まあな。でも、はかない恋やった。一日で終わってしもうた」

こまる「一日?どういうこっちゃ」

おまる「ジミーはな、あ、その男はんの名前やけど、わてにダンスを申し込んだんや。好みのタイプやし即、大喜びで受けたわけや」

こまる「あんたの英語力でコミュニケーションとれたんか」

おまる「ひかれあう二人に言葉はいあらん、アイコンタウトやボディーランゲージで十分気持ちは伝わるんや。言葉なんてアイラブユーひとつでOKなんやで」

こまる「う~ん含蓄あるお言葉。で、なんで駄目やったん?」

おまる「ゲイやったんや。むこうはわてもジャパニーズ・ゲイやと思いこんでたみたいで、踊ったあと、暗がりで舌なめずりして迫ってきたんや。いくら女や言うても信じんし、もう頭にきてな、おもいっきり唇に噛みついてやったわ」

こまる「(顔をしかめ)ひゃー痛そう」

おまる「わての話はもうええ、あんたの方はどないなんや」

こまる「亭主がまた家出してしもてなあ、もう半年になるんやけど音沙汰ないんや。いったい今度はどこに雲隠れしてるんやろか」

おまる「お互い男はんには苦労すつなあ(ため息)」

こまる「でも、あんたは銭っこあるからええねん。宝クジで当てた残りまだあるんやろ?」

おまる「実は結婚サギにひっかかってな、金は巻き上げられ家も売り払ってしもうた。手元にあった金をかき集めてニューヨークに行ったんは立直りたかったからからなんや」

こまる「センチメンタル・ジャーニーやったんか」

おまる「だから、もうすっからかんなんやで」

こまる「じゃ、今もしかして阪神中央公園で寝泊まりしてるんかい」

おまる「ピンポーン、これからの季節はええでえ。公園は梅や桃や桜の花のメッカやからな、一日中ぞんぶんに堪能できるやんか」

こまる「あいかわらず前向きやなあ」

おまる「もしかして、あんたの亭主も公園のどっかにおるかもしれんな」

こまる「見つけたら、ゲイのジミー君とやらに献上してもええで」

おまる「(愉快げに親指を立て)あんがい、そっちの趣味やったりして」

こまる「嘘や!冗談や!人の気も知らんで~」


 こまるに背中をどつかれ、おまる慌てて逃げようとする。

 どこからかホーホケキョとうぐいすの美声。両者ふいに足を止め、その鳴き声に耳を傾ける。


こまる「・・ええ声や、春やなあ」

おまる「(朗々と)スプリング、イズザシーズン、オブホープ」

こまる「春はホンマに希望の季節や」


 客席に向かって元気よく


こまる「へこたれたら、あかんでえ」

おまる「へはたれても、かまんでえ」


 こまる咄嗟に鼻をつまみ、おまるの尻をにらむ。


こまる「なんや臭いと思うたら、やっぱりもらしてたんやな」

おまる「堪忍や~もう我慢できん」

こまる「早うトイレに行きや」

おまる「ほんじゃ皆さん、グッドラック!」

こまる「ええ春を迎えてなあ」


 笑顔で両手を振りつつ、壇から二人退場。

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