第6話

「ねえ、私もあなたを抱きたい。縄を解いて?」

 三日も経っていた、地下室の暮らしが。その間、縄を解かれることはあったが、寝床はいつも地下室だった。

 彼は、いったいいつまで、私をここに置くもりなのかしら。

 私が望んだこととはいえ、窮屈に感じていた。彼に言ってみた。

「ねえ、普通に愛して。飽きたの、ここから出して。自由にして」

 彼は、こう返してきた。

「もう少しだけ。あと三日したら解放してあげるよ」

 あと三日?何があるの?なぜに三日後?

 訊いても答えてもらえなかった。私は、訊くのを諦めた。三日したら自由にしてもらえるのだ。 

「ねえ、私にもあなたを抱かせて。すぐにまた、縛られるから」

 彼に触れたかった。手に、指に、彼を感じたかった。彼を、腕の中に強く繋ぎ止めたかった。そうしていないと、彼がどこかへ行ってしまいそうで怖かった。 

 彼は、解いてくれなかった。私を抱くだけ抱いて、鍵をかけて去っていった。

 もう、ここへは来てくれないのではないか?

 もどかしい思いを抱く私。おもちゃにされたようにも感じた。嬉しい感情がわかない。彼を私の中に感じた、そう思ったのだけれど…終わってみれば物足りない何かが私に残った。

 それは何?どうしてそう感じるの?

 考えてもわからなかった。

 その答えは、まもなく知れた。

 三日後、私の知らない人を、彼は連れてきた。私の前で、口を開いた。

「今夜一晩、この人の言いなりになるんだ」

 私は耳を疑った。

 うそでしょ?

 彼を見た。

(どういいうこと?私に飽きたの?)

彼は、目をそらした、私から。いったい、何が起きたのか、何が始まろうとしているのか訳がわからなかった。頭が混乱した。

 彼が行ってしまう、私と見知らぬ男を残して。

 教えて。目の前の男は誰なの?私に何をしようと言うの?

 怖くて声にならない。じっと、鉄格子の向こうに立って私のことを見ている。と、突然に動いた。扉の錠を解いて中に入ってきた。そして、私を見下ろした。逃げようもない。私は震えた。

 男は何も言わないで、私に覆い被さってきた。

 たすけて❗

 叫んだつもりが、かすれて声にならなかった。ネグリジェの上から乳房をつかまれた。乳首をつままれた。きつくつままれ、私は悲鳴をあげた。

「ひいっ❗」

 手が、私の体をまさぐり移動を繰り返した。堪らなく嫌だった。抗ったが、手を背中で縛られていてどうにもならなかった。男のいいようにされた。 

 いや!やめて!

 男の荒い呼吸がした。興奮しているのだ。私は恐怖を感じた。

 犯されてしまう!

 彼に助けを求めたかった。彼の名を呼んだ。出ないと思った声が出た。何度も叫んだ。そんな私を、男は無視した。彼は、来なかった。

 私は、男に犯されてしまった。

 

 事が済んで、男が出て行った。私ひとりが残された。ネグリジェは、ビリビリに引き裂かれた。私は、暗い天井を見つめたまま、呆然となった。

しばらくして、足音がした。私に近づく足音に怯えた。

 姿をみせたのは彼だった。  

「酷い」

 彼を見つめ、言葉を投げつけた。彼は、何も返さなかった。代わりの部屋着を放って行ってしまった。

 私は、男によって縄を解かれていた。ようやく起き上がり、私は、肌の上の裂かれたネグリジェを払い除けた。そうして、彼が放った部屋着を身に付けた。これもまた、ネグリジェだった。

 横になったが、私は影に怯えた。誰かが、私の様子をうかがっているのではないか。神経が張りつめてならない。苦しくもあった。

 何も起こらないまま時間が過ぎて、再び彼が地下室に下りてきた。

「餌の時間だよ」

 ボウルを二つ、いつものように私の前に置いた。男のことには何も触れなかった。

 彼が縄を拾い上げて口にした。

「縛るから手を後ろに回して」

 私は、躊躇った。

「あの男の人は誰なの?」

 訊いた。でも、彼は答えてくれなかった。目が、早くと促しただけだった。拒むと、強い力で手首をつかまれ、背中にねじ上げられた。

「痛い❗放して。乱暴はいや!」

 聞いてはもらえなかった。私は、再び後ろ手に縛られてしまった。

「さあ、食べさせてあげるよ」

 ボウルに盛られた餌をスプーンで掬うと、私の口に近づけた。私は、顔をぷいとそむけた。

 なぜ、あんな酷いことをしたのか、彼の口から聞きたかった。答えを聞くまでは拒むつもりだった。

「食べないなら、持っていくよ」

 彼は、再びボウルを手にすると立ち上がった。私に背を向け出て行こうとした。

「待って」

 私は呼び止めた。振り向いた彼に言った。

「お風呂に連れて行って」

 見知らぬ男の這った肌を、体をきれいに洗い流したかった。男の記憶を無くすくらいにごしごしと強く!

 彼は、連れて行ってくれなかった。悲しいより、憤りを覚えた。

「どうして何も答えてくれないの?あの男は誰なの?どうして、私を抱かせたりしたの?答えて!」

 叫んでいた。彼は、私を暫し見つめ、そして口にした。

「しばらくの間、楓を抱く相手は僕じゃない、彼だ」

 私は、きょとんとした。彼が何を言っているのか、少しの間、わからなかった。他人事のように感じてしまって。

「僕は、彼に借金していてね。楓を彼に貸すことにしたんだ。少しの間だけ我慢してくれよ」

 私の心が冷めて行くのを感じた。

(私は、道具や物なんかじゃない。血の通った人間よ)

 彼が私から離れ、遠くに感じられてならなかった。

「本気で言っているの?」

 訊いた。

「ああ、本気だ」

 思いきり、横っ面をひっぱたいてやりたかった。縛られ、それができないでもどかしかった。ひっぱたく代わりに唾を吐きかけた。このくず野郎!の言葉を添えて。

 


 

   

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