第3話

 彼が戻ってきてくれた。私の食事を手にして。

「大丈夫?」

 扉に施錠された鍵が解かれ、扉が開かれて、彼が中に入ってきた。私は、そわそわとして落ち着かない。

 気づかれたら…。いや、気づくのはすぐだ、すぐに…。

「臭うね」

 ああ、いや。

 臭いは、隅に置かれたそれからしていた。我慢できなくて、でも、彼は来てくれなくて、外にも出られなくて。

 仕方なく、そう、どうにもできなくて、おまるにしたんだ。おまるにするしかなかったんだ。

 彼がおまるに近づいて行って中を上から除いた。私は、顔が真っ赤になって叫んだ。

「見ないで!」

 体が自由なら、飛んで行っておまる彼の目から奪えるのに、私にはそれができない。恥ずかしくて、胸がきつく締め付けられて苦しい。

 ああ、こんなことって…。

 あり得ないことが目の前で起きている。彼が、私に目を移した。そうして口を開いた。

「着ているその服、濡れているよね。気持ち悪いよね」

 私、私…表情固く凍りついた。今、ここで起きている現在進行中の出来事すべて、消し去りたかった。

「着替えを持ってきてあげるよ。それに、お風呂を沸かさないとね」

 私の部屋がこの家に用意されていた。

 彼は出て行き、私は一人にされた。震えた。彼に見られたことに。直接、衣服を濡らしてしているところを見られなかったものの、私は、垂れ流した。一部がおまるの外に出てしまって濡らしていた。

 涙が溢れた。止めどなく溢れた。私は、彼を責めていた。

 なぜ、もっと早く来てくれないの?

 私がどんな気持ちでおまるにしたか、どんなにか胸が締め付けられたか。

 私は、肩を震わせ、声をあげて泣いた。

 もう消せない。彼は見てしまった、見られてしまった。目に焼き付けられた。

 ああ、なんてことなの?

 私が消えてなくなりたい。


 失意のそこに沈む私。

 彼が、バスローブを手に戻ってきた。

「お風呂にはいるなら、これでいいよね」

 彼は、私を縛っている縄を解いてくれ、着ているものを脱がせた。私一人で脱ぎたかった。体に臭いが染み付いていたから恥ずかしく、惨めだった。

 彼は、衣服と下着をすべて脱がせると、バスローブを私の体にかけ、私を地下から一階のお風呂場に連れて行ってくれた。いつまでもする臭いから逃げたくて、気持ちが急いた。

 お風呂に一人で入った。体に何度も熱い湯をかけ、肌にラベンダーの香りのするボディーソープを擦り付けてごしごし洗った。でも、嫌な臭いが落ちた気がしなかった。こびりついて、体に染み込んでしまったかのように感じられてならなかった。何度も、いやと言うほど体の臭いを嗅いだ。

 彼に嫌われないだろうか。抱いてもらえないのではないか。不安が先にたって、なかなか、浴室を出られなかった。すると、苛立った彼の声がした。「まだかい?」

 私は諦めて浴室を出た。その私を、また、縄が待っていた。

「縛るの?」

 怯えた風に口にした。

「ああ、地下に戻るんだ」

 もう、縄の戯れはおしまいと思っていて、心の準備ができていなかった。

「手を後ろに回して背中を向けるんだ」

 私は、彼をじっと見つめた。そして、口にした。

「私をこのままあなたの部屋に連れて行って抱いて。嫌な臭いを消し去って」

 思いきりのいることだった。

「お願い、抱いて。そうしたら、あなたの言うとおりにするわ」

 まだ、私の体、臭う?とは訊けなかった、怖かった。

 彼は、暫し考える風にして私を見つめ、それから縄をチノパンのポケットに仕舞い、私を二階の自分の部屋に連れて行った。

 私は、彼に抱かれた。忌まわしい排泄を忘れさせてほしかった私は、狂ったように彼にむしゃぶりついた。

 事の済んだ後、私は、バスローブを着て自ら手を後ろに回した。辺りは、夜だったから、衣服は着たくなかった。地下の固い床で眠るだけなのだから。でも、括られたまま眠るなんて、何てことなの?眠れるのだろうか。

 縄は、再びきつく、私の体を締め上げた。

 どうして、こんなに強く括るの?

 緩めて、優しく括られたかった。

 私を縛り終えると、地下に連れて行ってくれた。そうして、鍵のかかる薄暗い部屋に入れられ、扉が閉まって鍵がかけられてしまった。ちょっと刺激的。 

 彼は去り際、私に言った。

「すっかり覚めてしまってね。食事を作り直して運んであげるよ、待ってて」

 そうだ、お腹が空いていたんだった。屈辱的な排泄をしたお陰で食べ損なったんだった。それほどに、排泄はきつかったのだ。

 私はこの食事で、彼の優しさと冷たさを知ることになる。   


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