08話.[告白するとはね]
結局あの後は一緒に過ごすことができなかった。
学校が始まってからも三日が経過した現在、まだ一度も会えていない。
同じ学年であることは分かっているから探してみたけどだめだった。
私のコミュニケーション能力が凄く高ければ各クラスに突撃して聞いて回るんだけどね。
あれ、そういえばといまさら思い出して伊藤さんに聞いてみたんだけど、
「高橋は三組よ、いないなら休んでいるということね」
と、言われてどうしようもなくなる。
なにかがあったのだろうか?
仮になにかがあったとしたら連絡ぐらいしてくれてもいいと思うけど……。
まあでも私にできることはただ待つだけだ。
そしてその日からさらに三日が経過したときのことだった。
「よう」
と、あくまで普通な感じで修君が話しかけてきれくれたのは。
言いたいことは色々あったけど吹き飛んでしまった。
……会えたのが嬉しすぎて人がいようと関係なく抱きついてしまったのは問題で。
「悪いな、二日からはスマホを沈没させて壊したうえに始業式の日から調子が悪くてな」
「……ううん、来てくれただけで嬉しいよ」
「本当は学校にも来ていたんだけど微妙だったからな、移したくないから行かなかったんだ」
じゃあ探し始めたタイミングが遅かったということか。
だけどそれでよかったと思う。
せっかく考えて行動してくれていたのに台無しにするところだったから。
「って、携帯は大丈夫なの?」
「いや、今度携帯ショップに行ってくるわ」
「そ、そっか、お金があんまりかからないといいね」
「そうだな、そうでなくても俺の自業自得だからなあ……」
私も気をつけなければならない。
よくどこに置いたっけ? となるからそこそこ危険だった。
もしかしたら最悪の場合は便器に落下、なんてことになりかねないし。
仮に高いところから落としてしまったらそれはそれで純粋に危険だった。
「それより伊藤から聞いたんだけど探し回ったって本当か?」
「うん、伊藤さんに聞けばクラスだって一発で分かるのにそれに気づいてなくてね……」
「悪いな、スマホが壊れたことを説明しに行く元気がなくてな」
「大丈夫だよ、だけど今日からまた仲良くしてください」
「おう、それは任せとけ」
……学ぶためだけに来ていた学校がなんか全然違うように見える。
ただ、授業の時間が邪魔だとすら考えてしまっているいまはだめな気がする。
あくまでここは勉強をする場所だ、恋をすることは一番に優先されるようなことではない。
それをしっかりやっていなければ色々なことが壁になる、後に自分に返ってくる。
ならばしっかりしなければならない。
そう、結局頑張らなければならないのは自分だ。
他者は関係ない、少なくともこの点においてはだけど。
「あれ」
ごちゃごちゃ考えている内にお昼休みになってしまっていた。
食べないとお腹が空くから母が作ってくれたお弁当を食べ始める。
「おいおい、待っていてくれよ」
「あ、ごめん、考え事をしすぎていたらいつの間にかこの時間でね……」
「別のところで食べないか?」
「いいよ、行こっか」
大丈夫、勉強面での不安はない。
気しなければならないのは抱きしめたりしてしまう点だ。
積極的にアピールをして関係が前進するならいいけどもししなかった場合は……。
「ごちそうさま」
「あれっ?」
「早く食べないと終わるぞ」
「た、食べるっ」
今日はどうやら長考しがちな日のようだ。
大慌てで食べ終えて彼の方を見る。
彼は廊下の方を見て微動だにしていなかった。
「お、修君?」
「ん……? ああ、食べ終えたのか」
まだ体調が悪いのだろうか?
それならあんまり大きな声を出すと負担にしかならないから気をつけないと。
……それとも先程の接触が悪かったのだろうか?
「うん、どうしたの?」
「いや、……正直に言うとさっき抱きしめられたのでちょっと暴走しそうだったからさ」
「会いたくて仕方がなかったから会えたときはすっごく嬉しくなったの」
もし私が誰かを、例えば佐藤君を気にしていたとして、同じようなことがあったら同じようにしていたかどうかは分からない。
そもそもあれだけ積極的に動けなかった私が何故こんな風になっているのか。
こんな逆にアピールをして振り向いてもらおうとしているのか。
なにが影響したんだろうか?
「……俺も同じだよ、彩音に会いたかった」
「ふふ、じゃあ両想いだね」
ちょいちょい、そこで黙らないでよ……。
あ、違うなら違うと言ってくれればいいけどさ。
黙られるのが一番気になるんだ、こんなことを言った後であればなおさら。
「彩音――」
「彩音っ」
「わっ、い、伊藤さんっ?」
物凄く慌てている伊藤さんがやって来て机の後ろに隠れた。
少ししてから佐藤君がやって来て聞いてきたけどいないと言っておいた。
冷静に見ればバレバレだけどなんか言わない方がよさそうだから仕方がない。
「伊藤さんになにか用があったの?」
「うん、実は告白の返事をしようと思って」
「えっ、伊藤さんが告白したのっ?」
「うん、実はこの前ね」
なるほど、それは確かに逃げたくなるかもしれない。
上手くいってほしいという気持ちと、もしかしたらという気持ち。
どちらかと言えば後者の方が強くなる中で返事をするなんて言われたらね。
「って、そこにいるのは分かってるよ」
「うぇ……べ、別に学校でじゃなくてもいいじゃない」
「そう言うけど咲希が逃げちゃうからさ」
邪魔をしたくないから挨拶をしてから修君とこの場をあとにした。
それに少しだけ気になっていることがあったのだ。
「修君、さっきなんて言おうとしたの?」
「……ただ彩音の名前を呼んでみただけだ」
「そっかっ、それだったらよかったよ。ほら、いいところで――ど、どうしたの?」
壁に押さえつけられてもどうすればいいのか分からない。
力が強くて痛いなんてことはないからとにかく彼を見ることだけしかできない。
なにかしてしまっただろうか?
「やっぱり嘘だ、俺も両想いだって言おうとしたんだ」
「それならよかった、ほら、あのままだと空気がやばかったし」
また私が馬鹿みたいなことを言って恥ずかし死する展開だけは避けたかった。
だけど彼もそこに乗っかってくれるということなら、それならそれが一番だ。
巻き込みたいわけじゃないけどその状態で放置してほしくない。
無言や生暖かい目で見られることの方が消えたくなるからね。
「抱きしめてもいいか」
「えっ、こ、こんなところで?」
人がいるわけでもないけどいつだってリスクがあるようなそんな場所だ。
それに私がさっき不意にしてしまったようなものとは違う気がする。
これはもう……そういうつもりだとしか思えないし、学校が終わってからでもそれこそ悪くないと思うんだ。
あとはそうでなくても授業に集中できていないのに集中力低下の理由になるというか……。
「放課後じゃ……だめ?」
「放課後でもいい、いましたら午後は集中できなくなるかもしれないからな」
「で、でしょ? それに焦らなくても修君とは一緒にいるわけだし、いたいわけだし……」
「お、おう、とりあえずいまは教室に戻るわ」
「うん、私も戻って準備でもしようかな」
少しだけぎこちない感じで教室に戻った。
それで席に座りつつ私はひとつ学んだ。
食事が喉を通らない云々的なことを聞いたことがあるけどそんなことはないなと。
もしかしたらまだ好き度が足りないだけなのかもしれないけど、食事には依然として興味があるから少しだけ安心していたのだった。
「いいか?」
「い、いいよ」
正直に言えばわざわざ聞かないでほしかった。
だって放課後にと先延ばしにしたのは私だ。
それはつまり抱きしめられることは構わないと言っているのと同じこと。
もちろん同意を得られなければだめなことだからあれだけどさ、……無許可でしている人間がここにいるから結構問題だった。
「……いざしてみるとやばいな」
「でも、なんか落ち着くよ」
「体温か?」
「単純に修君だからじゃないかな」
こう言ってしまうとなんだけど異性で言えばお父さんといるときぐらいかなと。
決して悪くは言ってこないから安心して待っていられるというか。
もしかしたら違う男の子が相手であったとしても感じていたかもしれないけど、そんな意味のない話をしていても仕方がないからこれでいいんだ。
現実では修君といたいと思っているんだからね。
「私、こうなるとは思っていなかった」
「だろうな、そもそも彩音がこうやっていてくれるとは思っていなかったぞ」
「人って結構変わるものだね」
「だな」
彼はこちらを抱きしめるのをやめて床に座った。
そういえば母は知っているけど父の耳には入っているのだろうかといまさら気になった。
もしそうなったらドラマみたいに反対するのかな?
結婚というわけではないから反対なんかしないかと内で片付ける。
「それにしてもあの伊藤が告白するとはな」
「大胆だよね」
「いや、大胆さで言えば彩音も負けてないけどな」
うぐっ、自分がした馬鹿なことを思い出す。
い、いや、彼からしたら悪いことではなかったはずだろう。
だって気になる人間がだ、抱きしめてきたりしたんだから。
それに今日のあれ以外はちゃんと人目を意識して迷惑にならないところでしたんだから。
「佐藤は受け入れると思うか?」
「私は受け入れると思うよ、あれからずっと一緒にいるわけだからね」
いきなり変わったように見えるけどそうではないと思う。
あのふたりは前々から一緒にいて仲良くしていたはずだ。
だからこそ私の気持ちは邪魔だったというか、私が捨ててふたりからすればよかった感じで。
「女子的にはしてほしいんじゃないのか?」
「そうだけど焦れったくなったんじゃないかな、自分からすることになってもいいぐらい佐藤君のことが好きだったとも判断できるよね」
「なるほどな」
それに積極的にいくことは悪いこともあるけどいいことももちろんある。
まずは自分の中の気持ちを言葉よりも伝えられるかもしれないということだ。
言葉にするとなるとそこそこ大変だから行動してしまう方が早いときもある。
もちろん、勢いがなければ私はそんなことを絶対にできないけど。
「彩音はどうだ?」
「私もしてもらいたいけどもしそのときがきたら先に言うかもしれない」
「強いもんな」
「自分でも驚いているけどね」
待っているだけの自分ではなくなったんだ。
ちょっと前までなら似たような感情を抱いてもぶつけられずに終わっていた。
そうなったら後悔どころの話ではないからこれでよかった。
なんで変わったのかは分からない。
だけど変われたのであれば積極的にいくだけだ。
いまなら自信を持って彼のことを好きだと言える。
自分に優しくしてくれるから、一緒にいると楽しいから、一緒にいると安心できるから。
それだけで十分だろう、安心できない人といても疲れるだけだからね。
「好きだよ――」
「ちょっと待てっ」
「無理なら無理、いいならいいって答えてくれるだけでいいんだよ」
お互いに好き同士であれば始まりがどちらでも関係ない。
簡単な二択だ、選ぶのは簡単ではないかもしれないけど。
「……言うなよ、そこぐらいは俺からしたかった」
「修君にばかり勇気を出させるのは違うから」
「いや、俺は全く出せてなかっただろ? ほとんど彩音から積極的に来てくれただけで……」
最初はともかく後半はそうだったかな?
まあ、一緒にい始めたのはついこの前だからだいぶ早い感じだけど。
いいよね、濃密な時間を過ごせたということで片付けておけば。
「じゃあ変えたのは修君だね」
「そうか。だけど、はぁ、情けないな……」
「そんなことないよ」
興味があると直接言ってくれていたからこそ大胆にいけたともいうし。
もしそうでなければ相手にはそういう気持ちがないかもしれないと悪く考えて間違いなくだめになっていた、それだけは容易に想像することができる。
「……俺も好きだぞ」
「うん、ありがとう」
手を握らせてもらって上下に振る。
なんか自分に彼氏ができたということが不思議で仕方がなかった。
京子から話を聞くぐらいの存在でしかなかったから一気に近くなったような気がする。
「ちょっと歩かない?」
「いいぞ」
高橋家をあとにして外へ。
相変わらず寒いどころかどんどんと寒くなってきているけどいまは気にならなかった。
だって横には今日も修君がいてくれるから。
「寒いけど修君といると春みたいな気分になってくるよ」
「そ、それは言いすぎだろ、彩音といられるのは嬉しいけど普通に寒いぞ」
「だけどなんか外の方がいい気がしたんだ」
屋内、それも彼の家だといまさらながらに恥ずかしさが出てきて困ると思ったんだ。
いまはある程度の余裕がほしいから外の方がいい。
「ところで、修君はどういうところを好きになってくれたの?」
「他人に優しくできるところだな、あとは笑った顔がいいところとか、単純に可愛いところとかも影響しているな」
「そうなんだ? いー」
「はははっ、それじゃあ不自然すぎるなっ」
これでも一応いい笑みというやつを浮かべようとしたわけで……。
笑われてしまうとなんとも言えない気持ちになってしまう。
「ふぅ、悪い、笑ってしまって」
「い、いいけど」
多分一緒にいるときに自然と出るそれを気に入ってくれているんだろう。
だから意識して浮かべようとしてもだめになるんだ。
決して私の笑顔が変だということではない。
だって変なら変顔を好きになってしまった男の子になってしまうし。
「今日はこのままずっと歩いていようか」
「そういえばクリスマスのときもまだもうちょっととか言ってたよな」
「当たり前だよ、だって二十時前からだったうえに二時間しかいられなかったんだから」
「に、二時間じゃ足りなかったか?」
「クリスマスなんだよ? 足りなかったよ」
本当なら学校から出た後すぐに一緒にいたかった。
だけど先約があったから仕方がなく諦めたという形になる。
それに二十時からならと言ってくれたから救われたんだ。
「あんまり一緒にいすぎても彩音は飽きそうだからな」
「そ、そんなことないよっ」
「だけど程々がいいんだよ」
確かにそうか。
あんまりしつこく一緒にいると彼が嫌がるかもしれない。
せっかく関係が変わったのにすぐにそれじゃあ嫌だから気をつけないと。
何事もほどほどがいいのは事実そうだから。
「一年生の内にこうなれてよかった」
「私もそうだよ、単純に心強いしね」
クラスは違くても同学年だから困ったことも相談できる。
伊藤さんは佐藤君のことが大好き状態だからあんまり時間を奪いたくないから。
まあ彼の時間も無駄に消費させたくないけどそこはまあ彼氏……なわけだからさ。
「ありがとな」
「こちらこそありがとねっ」
今度は私から抱きしめておいた。
彼も抱きしめ返してくれてやっぱり春みたいな気持ちになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます