06話.[これでいいんだ]
「彩音ー」
終業式が終わって廊下に出たら修君に話しかけられた。
私はいまから勇気のいることをしようとしていたからこれは助かる。
「修君、今日この後って時間ある?」
「ん? それって……」
「うん、できることなら一緒に過ごしたいなって」
だって今日はクリスマスなわけだし。
イブは家族とゆっくり過ごせたからクリスマス本番はって考えて行動していた。
「あー……友達と過ごす約束をしていてさ」
「そ、……っか、じゃあ仕方がないね」
別にそれが女の子でも構わなかった。
勇気を出せたことを褒めておこう。
昨日楽しんでしまったから今日はあくまで普通になる。
だからみんなが盛り上がっている中で私だけはあくまで普通の平日みたいな感じでいなければならないわけだけど……。
「待てよ」
「いいよ、それにちょっと寄りたいところがあるから」
「俺も行く」
「うん、それは別にいいよ」
悲しいから昨日も食べたけどチキンでも買って食べようと思う。
まあ現実はこんなものだ。
最近は上手くいきすぎていて怖いぐらいだったからこれでいい。
自惚れて調子に乗ってしまう前に止めてくれて助かった。
「チキンを買いにきたのか」
「うん、私の家はイブが本番みたいなものだから」
クリスマスプレゼントとかももう貰っていない。
って、それはどうでもいいかと片付ける。
目的のブツも買えたから退店して歩いていた。
「彩音」
「うん?」
「……二十時過ぎからでもいいなら大丈夫だぞ」
二十時過ぎかあ。
あんまり遅い時間に出ると母に心配されるから難しい。
「いいよ、無理しなくて」
「別に無理しているわけじゃないぞ、それぐらいの時間になったら自然と解散になるだろうからそこからなら――」
「大丈夫だから、それじゃあまた来年にね」
困らせたくて言ったわけじゃない。
優先したい人達がいるならそちらを優先してほしかった。
結局あの考えたことは理想だったということで片付けられる。
「待てって」
「わっ、……だって他の人と約束しているんでしょ?」
「……まあそれは前々から約束していたことだから守る。だけどせっかく彩音から誘ってくれたわけなんだしな、俺も一緒に過ごしたいんだよ」
だめだ、こんなことを言われてしまうとすぐに揺らいでしまう。
こっちだって一緒に過ごしたいから誘おうとしたわけなんだし。
「本当は誘おうと思ったんだ、だけどいきなりすぎても断られると思ってな」
「相手にきょ、興味があるとか言えちゃう修君だよ? いまさら気にする必要はないと思う」
「ははは、そういえばそうだな、誘っておけばよかったか」
「いいんだよ、たまにはこっちから勇気を出す必要があったと思うんだ」
なんだかんだで一緒に帰ることになった。
お友達とは十八時から集まるみたいだから全く急ぐ必要はないらしい。
まあ、現在時刻は十三時前といったところだからね。
「いやでもまさか彩音から誘ってくれるとはなあ」
「修君といられる時間は好きだよ?」
そう言った瞬間に彼が足を止めてしまったからこちらも止める。
なんとも言えない場所となんとも言えない空気だった。
「……相手が佐藤でも同じこと言っていたよな」
「そ、そんな意味のない話をしても仕方がないでしょ? 私は確かに修君といたいと思っているから誘わせてもらったんだから」
佐藤君をライバル視……? しているところは可愛い感じがする。
――って、もうだめみたいだ、すっかり調子に乗ってしまっている。
「待ってるから」
「おう、必ず行く、仮に深夜になってもな」
「その時間になっちゃったらクリスマスが終わっちゃってるよ」
「はははっ、確かになっ」
いまはとりあえず別れて家へ。
母には説明しておく必要があった。
もしかしたら盛り上がって遅い時間になるかもしれないから。
「男の子と過ごしたい?」
「う、うん、高橋修君って子と……」
「もしかしたら遅くなる可能性があるのね?」
「うん、何時に来るのかは分からないし、多分そこからは少し歩くと思うから」
さ、さすがに部屋には誘えないからその方がいい。
ドキドキして落ち着かなくなるし、多分彼もそこまでではないはずだから。
説明し終えたから修君にあげるなにかを買いに行くことにした。
ただ、好みの物とかは分からないからうーんうーんと悩む羽目になったけど。
結局、無難にタオルにした。
こ、これだったら実用的だから無駄にはならない。
お家にはいいのがあるだろうけどあくまで大切なのは気持ちだからね。
「ただいま」
「おかえりなさい」
結構時間がかかってしまった。
別に焦る必要はないけどある程度の余裕を確保するためにもゆっくりしておかなければ多分だめになってしまう。
食事や入浴も済ませておきたい、だけどそのタイミングというのが重要で。
「彩音が男の子と過ごすなんて……」
「お母さんはお勉強ばっかりしていたって言っていたけどなかったの?」
「高校時代は本当になにもなかったわ」
どうすればいいのかを聞いてみても答えてはくれなかった。
なにかを聞いたところでそうなるのかは分からないから、らしい。
確かにそうだけど気休めにはなるから教えてほしかった。
「よう」
「ちょっと早かったね」
四十五分頃、修君がやって来てくれた。
外か中か、一応どっちにするかと聞いたら外、ということになった。
母に説明してから外へ出る。
「修君、タオルなんだけど……受け取ってほしいの」
「か、買ってくれたのか?」
「好みとか分からなかったから使える物にしようと思って、はい、ふわふわだよ」
クリスマスに渡す物としては微妙かもしれないけど渡せてよかった。
お世話になっているから少しずつね、あ、佐藤君にも返さなければならないけど。
「ありがとな、確かにタオルなら使えるもんな」
「うん、変なのをあげるよりはいいかなって」
「仮に違うのであっても喜んで貰ったけどな、問題があるとすれば俺は――」
「いいよ、いつもお世話になっているから渡したかったの」
さて、これからどうしようか。
いまでも地味に暗闇は怖いし、寒いしで結構現時点でドキドキしている。
私としては男の子といて恋愛的な意味でドキドキ、だったらよかったんだけど……。
「こ、これから……どうする?」
「外にいても寒いだけだよな、でも、彩音の家に上がらせてもらわなかったのはなんか気恥ずかしかったんだよ」
「え、あ、えっと……」
せっかく会えたのに解散になるのは嫌だった。
……私の家はあれだから修君のお家ならどうかと聞いてみる。
少し驚いたような顔で「いいのか?」と聞かれたけど頷いた。
いやだって一緒にいたいから、それに暗闇の中じゃ落ち着かない。
側に誰がいても、京子がいてもそわそわするから仕方がなかった。
「上がれよ」
「うん、お邪魔します」
ただ、彼のお部屋ではなく客間にしてもらった。
べ、別になにをするというわけじゃないけど……まだ早い気がするから。
「はい、紅茶とケーキな」
「買ってきたの?」
「いや、多めに持ってきてくれたんだけど余ってな、綺麗な状態だから気にしないでくれ」
「ありがとう」
シンプルなショートケーキで美味しかった。
ちょっと小学生並みの感想になってしまって恥ずかしいけど美味しいから仕方がない。
「あいつら盛り上がるだけ盛り上がって飽きるのが早いからさ、そのおかげで彩音のところに少しだけ早く行けたんだよな」
「女の子じゃなかったの?」
「ないない、それにわいわい盛り上がるなら同性といた方がいいからな」
「なるほど、やっぱり同性というだけでちょっと気楽になるよね」
「ああ、だから実はいま……ちょっと落ち着かないんだよな」
私は案外そうでもなかった。
直前に勝手に悪く考えて緊張するタイプだけど、実際にそうなったらこういう感じになることが多いから違和感はない。
「大丈夫だよ、ゆっくり落ち着くまで集中してくれれば」
「お、おう……」
「うん?」
なんでそんな微妙そうな顔になってしまったのか。
それでも、私としては無理矢理付き合ってもらっているようなものだから合わせるだけ。
「……なんか余裕だな、こういうときは」
「うん、修君のお家は初めてじゃないからね」
「今日はクリスマスなんだぜ? しかも時間だって遅いのに……」
「私は修君といられれば安心できるから」
勝ち負けではないから別にそれでもいい。
私としては一緒に過ごしてくれた時点で十分だから満足できている。
ただ、帰るタイミングというのが分かりづらそうだなというのが正直な感想だった。
「そんな顔をしないでよ」
「……悪い」
「謝らなくていいけどさ」
問題があるとすれば一緒にいたいとしか考えていなかったことだ。
なにをすればいいのか分からない。
お喋りをするにしても面白いことを言えるわけではないし……。
「そうだっ、京子は彼氏さんと仲良くできているかな?」
「そりゃできてるだろうな」
「仲良くしてほしいよね」
……私が変なことを言わなくても京子は仲良くするよ。
どうしてこういうことしか思い浮かばないのか。
いまさら離れていってほしくはないから上手くやりたいのにっ、と内は混乱。
「俺は彩音と仲良くしたいけどな」
「私もそうだよ、そうじゃなければ今日誘ったりはしないから」
そういうつもりがなかったら今日も家族と過ごしている。
だけど私はこうして出てきているんだ、そうじゃないわけがない。
つまりお互いに気持ちは一緒ということで……。
「……ここだと家族もいて邪魔が入るかもしれないからやっぱり外に行かないか?」
「イ、イイヨ、イコッカ」
「そう緊張するなよ、別に変なことはしない」
外に出て少し歩いていたらいきなり手を握られて色々な意味で心臓がはねた。
「……これぐらいは許してくれ」
「う、うん」
寒いはずなのになんか暑くなってきた。
京子に見られていなくてよかったと思える点――いや、馬鹿にしたりはしないよね。
「もし佐藤と仲良くなっていたらこうして誘っていたか?」
「それは……まあ仲良くなっていたら頑張っていたかも」
「でも、違うんだよな?」
「うん、違うよ」
だって事実そうなってはいないから。
私は佐藤君とではなくて修君と過ごすために出てきているわけだから。
「ふぅ、ありがとな」
「ううん、こちらこそありがとう」
そこから先はいつもみたいに歩いていただけだったけど楽しかった。
こういう健全な感じが凄くよかった。
難点があるとすれば離れたくなくなってしまうことだろうか?
「そろそろ送らないとな」
「……まだ一緒にいたい」
「だけどもう二十二時だからな」
「きょ、今日ぐらいはもうちょっと……」
「と言われてもなあ」
なんてね、今日はこれぐらいに留めておく方がいいだろう。
両親や彼のご両親に変な目で見られたくない。
常識のない人間だと思われたくないからこれでいいんだ。
「送ってくれてありがとう」
「おう」
「じゃあ……気をつけてね」
「おう、また行くからそのときは相手をしてくれ」
「うん、分かった、それじゃあね」
家に入ったら母に謝罪をしてお風呂場に直行する。
なにもなかったことがよかったような、少しがっかりしているような。
手を繋げたことは間違いなくいいことだけどせっかくクリスマスに集まったんだからもうちょっとなにかがあってもよかった気がする。
健全な感じでいいとか考えていた私だけど……やっぱり興味はあるわけだし。
「タオルだけじゃ微妙だよね……」
……いらないかもしれないけどぱしゃりと撮って送っておいた。
かなり大胆なことをしてしまったから悶えて潜ったのは言うまでもない。
「ぶふっ!?」
直前に盛り上がりすぎたのと彩音と過ごすときに少しだけ慌てていたのもあって朝まで爆睡してしまっていたのだが、送られてきていた内容を確認してみたら一気に吹き飛んでしまった。
……いや俺だってできることならあの後も一緒にいたかった。
少しずつ変わってきている俺達の関係ではあるが、元はと言えば俺が興味を抱いているとぶつけたのがきっかけだからだ。
もちろん嘘なんかじゃない。
でも、こういうのは嬉しさよりも心配になってしまう。
お礼がしたいということならいてくれているだけでもう貰っているし、なによりタオルだってくれたわけなんだから十分だったんだ。
「父さん、ちょっと行ってくる」
「どこにだ?」
「異性の家だ」
「なるほどな、あんまり遅くなるなよ」
「おう」
稲葉家へと走って向かったら丁度彩音の母さんが洗濯物を干しているところだった。
事情を説明したらまだ寝ているとのことだったので上がらせてもらう――って、
「……部屋に入っていいのか?」
寝顔とかだって見られたくないだろうし、などと考えて動けずにいた。
「あら、まだここにいたの?」
「勝手に入っていいんですかね?」
「そうよね、じゃあ付いてきて」
母さんが起こしてくれるのなら問題はない。
勝手に部屋に入って叩かれたりしたら嫌だからな。
「ふふ、起きる気配が全くないわね――あ、そういえばあなたは……高橋君、よね?」
「は、はい、高橋修です」
「分かったわ、少し待っていてちょうだい」
なにをするのかと思えば耳に口を近づけてなんらかの言葉を多分吐いていた。
そうしたら彩音が飛び起きたから母さんがそこをぎゅっと捕まえる。
「おはよう」
「お、おはよ、うっ!?」
「ふふ、高橋君が来てくれたのよ」
あ、そういえば結局見てしまったことになるじゃないかっ。
……なんか誤解されているところもあるからこういうのは少なくしたいんだけどな。
「ど、どうしたの? こんな朝早くから……」
「昨日のことについて話があってな」
「き、昨日の……こと」
母さんが空気を読んで出ていってくれたからアプリを開く。
それから問題のそれをしっかり見させてこういうのは駄目だと何度も言った。
「……だって物足りなかったから」
「俺は十分楽しかったけどな」
「私も楽しかったよ? だけど……なにかがあってほしかったんだよ」
って、なにを言っているのか分かっているんだろうか?
それはつまり期待していた……ってことだろ?
俺は少し勇気を出して手を握ったが、彩音からすれば足りなかったわけだ。
どちらかと言えば男が苦手そうな感じだったのに――なんかもやもやする。
「彩音、実は過去にも付き合っていたとかそういうのはないのか?」
「ないよ、佐藤君への気持ちが恋ならあれが初恋ということになるんだし」
「だけどその割にはなんか……」
「そ、それはプレゼントだよ、あっ、いらなかったら消してくれればいいし……」
消すもなにもその権利があるのは彩音だ。
こちらは断じて保存なんてしていないから信じてほしい。
というか、こそこそ保存しているなどと思ってほしくないからここで消させた。
「うぅ、迷惑なら迷惑って言ってくれた方が……」
「迷惑じゃない、だけど自分を大切にしてくれ」
「……男の子なら喜ぶんじゃないの?」
「リスクがあるからな、もっと気をつけなきゃ駄目だ」
やれやれ、こういうところは京子の方がしっかりしているな。
あいつはふざけているようにみえてちゃんとしているから意外と敵を作らない。
まあ結構問題なところはあるが、こうやって爆弾を放ってくる彩音よりはあれだな。
「それに彩音といられれば俺は十分だ」
「……求めてこないの?」
「そ、そんなのは後でゆっくりやればいい、とにかくいまは彩音といたいんだよ」
実際に関わってみなきゃ分からないことってあるよな。
彩音なんかが特にそうだ、怖がりなところがあると思っていたんだけど……。
人見知りタイプなだけなんだろうか?
心を開いたら陽キャみたいなこともしてしまえると。
「ごめん……経験がないから分からないんだよ」
「じゃあこれから学んでいけばいい、とにかく気をつけてくれ」
「うん……分かった」
稲葉家をあとにする。
彩音といるときは色々な意味で慌てることになると再度分かったのだった。
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