04話.[余裕が生まれる]

「晴れたわね」

「うん」


 今日は京子、伊藤さん、高橋君の三人と外に出てきていた。

 気を抜くと鼻水が出そうなぐらいの寒さの中、特に目的もなく歩いているという感じだ。


「京子、久しぶりね」

「うん、久しぶり」


 もう京子はみんなと友達だと言っても大袈裟ではないのかもしれない。

 怖いね、それなのによく私といてくれたものだ。


「高橋、どうせなら佐藤も連れてきてよ」

「そ、そうよ、佐藤も連れてきなさいよ」

「いまさら言うなよ……」


 私はこのメンバーでよかったと思う。

 佐藤君と話をしていたら伊藤さんに敵視されそうだし……。

 そうしたら平穏な高校生活が早くも終わるから回避したかった。


「それより彩音さん」

「うん?」

「暖かい格好の上からでも分かるこの胸はなんだっ」

「ひゃうっ!?」


 あっ、へ、変な声が出てしまった。

 ……夏とかと違って重ねて着ているから全く問題ないはずなのに……。

 恥ずかしいから京子のおでこを突いて京子を盾にして歩いていた。


「なんかごめんねー、私の彩音が」

「いや、京子のせいだろ」

「そうよ、相変わらず余計なことをするわよね」

「あらら、なんか責められちゃってる」


 でも、それぐらいでどうにかなる京子じゃない。

 悪口を言われようと笑って対応できるぐらいの余裕がある子だからね。

 ……まあ私の知らないところでボコボコにしていたりもしたんだけど。


「おでんでも食べるか」

「いいじゃない、内を暖めないとね」

「ま、食べ終えた後はまた冷やすことになるんだけどな」


 今日の目的は特になかった。

 無理やり作るとすれば仲良くなろう、的な感じだろうか?


「そういえば稲葉は佐藤のことが好きなんでしょ?」

「ちょっと前までは気になっていたけどいまはそうじゃないよ」


 購入して食べるとなったときに伊藤さんが聞いてきたから素直に答えた。

 だからこちらのことは気にしなくていい。


「じゃあライバルがひとり減ったってことかー」

「応援するよ」

「ありがとっ、食べましょうかっ」

「うんっ」


 味のしみた大根が凄く美味しい。

 先程まで寒い外にいたから物凄くほっとする。

 京子と高橋君も食べられて嬉しそう……かもしれない。


「あ、だけど好きなら素直になりなさいよ?」

「うん、その場合はね」

「うん、気にしなくていいから、そもそもライバルはたくさんなわけだからね」


 大丈夫……とは言えないのがなんとも言えないところだった。

 私はすぐに意見を変えるからやっぱり佐藤君いいなってなるかもしれない。

 選ばれるかどうかは分からないけどそうなったときに問題にならないようにしたかった。

 応援するとか思っていても言うべきではないかもしれない。

 私はまた早くも失敗してしまったということになる。

 中学生のときもこんなことがあったんだよなあと思い出していた。


「よし、行くか」

「そうね」

「そだねー」


 だから外の寒さはいまの私には丁度よかった。

 頭を冷やして冷静に対応しなければならないから。


「じゃ、ここからは別行動ね」

「「「はい?」」」

「私と咲希さき、彩音と高橋で行動開始」

「「「えぇ」」」


 でも、結局そういうことになってしまった。

 十五時にいまさっきのコンビニに集合という約束を交わして解散に。


「京子は変わらないな」

「あはは、そうだね」


 さて、改めて高橋君とふたりきりになったわけだけどどうしよう。

 個人的に寒さがやばいからどこか屋内に入れるといいな。

 お金を無駄遣いしたくはない、それなら……。


「寒いから俺の家に来ないか?」

「高橋君のお家に? いいの?」

「おう、あんまり無駄遣いをしたくなくてさ」

「あ、私もなんだ、それなら行かせてもらおうかな」


 そうだよね、ただ商品を見るだけのためにお店に行ったら迷惑になる。

 だから家がよかった、というか、それぐらいしか思いつかなかったというか……。

 ただ、その際に私の家にと言うのは勇気が必要だったから言ってくれて助かったかな。

 まあ……今度は別の意味で勇気が必要になったんだけど。


「ここだ」

「結構近いんだね」

「高校を選んだ理由も家から近いから、だからな、入ってくれ」

「お邪魔します」


 大丈夫大丈夫、別にイケないことをしようとしているわけじゃないんだから。

 表に出しすぎないようにするって決めたんだ。


「はい、飲み物」

「ありがとう」


 彼の家は私の家とあまり変わらなかった。

 リビングの雰囲気もそう、だからあまり緊張しないでいられている。

 横に座ってきたときは心臓が別の意味ではねたけど……。


「なんか出たくなくなるな」

「うん、暖かいから」

「点けたり消したりは逆に高くなるみたいで点けっぱなしなんだよ、だけどこうすると帰ってきたときにすぐに暖まるからいいんだよな。ただ、電気代は馬鹿みたいにかかっているわけだから少し申し訳なくなるけどな」

「私のお母さんは専業主婦で家にいるけど点けたりしてないな」

「偉いな、もしかしたら働いていないからとか考えているのかもしれないな」


 私はそういうのを一切気にしなくていいと思う。

 だって母は私が帰ってきたら点けてしまうからだ。

 私はご飯を食べれてお風呂に入れればいらないと言っているんだけど駄目だった。


「稲葉は意外と話せるんだな」

「男の子が苦手だったはずなんだけどね」


 それが何故だかこうして男の子の家にいてしまっているわけだ。

 なんだろうな、これまでのはただの思いこみだったのかな?

 それとも高橋君や佐藤君が優しいからなのかな?


「苦手なのは本当だと思うぞ、俺が話しかけたときなんて慌てて逃げていたからな」

「あのときはごめん……」

「いや、俺も急だったからな」


 私が同じことをされたらなにかしちゃったかなと不安になるレベルだった。

 自分がされて嫌なことを他人にしてはいけないからあのときは明らかに失敗だった。


「風邪で三日も休んだときは流石に心配になったぞ」

「いつもそうなんだよ、引いたら酷くなるんだ」

「それなのに行かなくて悪かったな」

「気にしなくていいよ、佐藤君が来てくれたし」


 何気に部活が終わった後に京子も来てくれたから嬉しかった。

 私達は友達ではなかったんだから気にする必要はない。


「佐藤と仲いいんだな」

「私? 仲良くはないよ、佐藤君が優しいだけ」

「気になっていたんだろ?」

「そうだったんだけど……なんか違う感じがしてきてね、多分恋に似たような感情を抱いている自分が好きだったのかもしれないね」


 初恋……あれが恋なら初恋だ。

 初恋は実らないというからあれでよかったんだ。

 佐藤君のことがちゃんと好きな伊藤さんとかに向き合ってあげてほしかった。


「ねえ、友達になってほしいんだけど」

「は? もうそうだろ」

「そっか、じゃあ仲良くしてね」

「おう」


 会話がなくなってしまった。

 こういうときに変に口を開くと失敗しかねないから黙っておこうと決めてから三分。


「あー」

「ど、どうしたの?」

「いや、家に稲葉がいると思ったら不思議な気持ちになってな」


 私もそうだ、お前本当に苦手なのかよと言われてしまうような状況だった。

 少し前までの私なら間違いなく断っていたことだと思う。

 それでも言うことを聞こうと思ったのは……やっぱり彼が優しいからなのかな?


「佐藤がいた方がよかったか?」

「伊藤さん的にはそうだね、だけど高橋君と伊藤さんだけでよかったよ」


 京子については言う必要すらない。

 あの子といて落ち着かなかったことなんてな――いやそれは振り回されたことがあるからいっぱいあるけど嫌だったことはないし。


「私、できれば一対一の方がいいんだよ、複数人でいるとどうしても私は空気というか後ろを付いていくことしかできないから」

「なるほどな」


 他の人達だけで盛り上がられてしまうとすぐに帰りたくなってしまう。

 だけど全く相手の気持ちを考えずに行動しようとしているよりはマシだろう。

 なるべく謙虚に生きようとしているのだ。


「高橋君も複数人といるよりは少ない方がいいでしょ?」

「そうだな、あまりに多いと自分がいる必要がないと思って別行動したくなるから」

「そうそうっ、それだよそれっ」


 っと、横に座っているのに声が大きすぎた。

 あと、少し距離を詰めすぎてしまっているから離れようとしたら「別になにもしないよ」と言われて慌てる羽目になった。


「ち、違うよ? 避けているわけじゃなくて……」

「多分稲葉的にはそうなんだろうけどさ、こっちからしたら初対面のときといい避けられているようにしか思えないんだよな」

「ごめん……」


 少しだけ戻しておいた。

 ……ソファの横幅が広くないのもあって近いのがドキドキする。


「稲葉は京子に何度も振り回されていそうだよな」

「うん、それは多かったかな、だけどそれと同じぐらい支えてくれたから」

「適当のように見えて一応考えて行動しているもんな」

「あ、高橋君は京子のことをどう思っているの?」

「京子のこと? ただの女友達だな、それ以上でもそれ以下でもない感じだ」


 よかった、ドロドロとした関係にはならないということだ。

 京子が流されるとは思わないけど浮気とかしてほしくないし。

 いつでも真っ直ぐな女の子でいてほしかった、……自分もね。


「それに俺は稲葉に興味があるって言っただろ」

「な、なんで? ど、どこに?」

「どこって――」

「か、体が目当てとか!?」


 言ってから馬鹿か自分はと後悔。

 立ち上がってしまったから座るわけにもいかずに彼の家から飛び出した。

 ……京子が毎回ああいうことを言ってきていたから何気に自信を持っていたのかも。


「待てよ」

「ご、ごめんっ、もう集合場所に行くからっ」

「俺も行くよ」


 恥ずかしい恥ずかしい。

 いますぐにでも別行動をしたい気分だった。

 こんなことが京子にバレたら精神が死ぬ。


「はは、まさかいきなりあんなことを言われるとは思わなかったけどな」

「……意地悪」

「違う、別にからかっているわけじゃない」


 もうとにかく黙っていようと決めた。

 彼になにを言われても答えないという気持ちで居続けた。

 そのおかげで気まずい思いを味わうことは少しだけしかなかったのだった。




「稲葉ー」

「どうしたの?」


 教室に戻っている途中で伊藤さんが話しかけてきた。


「今度は佐藤とも行きたいから……手伝って?」

「わ、私がっ? 上手くできるかどうか……」

「大丈夫っ、一緒にいてくれるだけでいいからっ」


 そういうことなら早い方がいいということですぐに行動することに。

 いつかとかになるとソワソワして落ち着かなくなるからこれがいい。


「さ、佐藤っ」

「どうしたの?」

「今度……あんたと遊びに行きたいのよ」


 私の存在は力になれているのだろうか?

 いや、余計なことは言わずに一緒にいるだけでいいのだ。

 この前のようなことになっても嫌だからそれを徹底していればいい。


「いいよ? そのときはふたりきりだよね?」

「い、嫌なら誰かを連れて行ってもいいけど……」

「いいよ、伊藤さんとふたりきりで十分だよ」

「そ、そう? じゃあ……遊びに行きたくなったときに連絡するから」

「うん、待ってるね」


 彼女はこちらの腕を掴んで廊下へと歩き出した。

 廊下に出たらこちらを壁に押さえつけて「緊張したあ!」とちょっと大きな声で言った。


「……あいつってああいうところがあるわよね」

「ちょっとみんなに対して言ってそうだよね」

「ありそう、みんなにいい顔をしていそう」


 上手くいくといいな。

 結局私の存在が必要ないぐらい積極的にいける子だから可能性は高そうだ。

 問題があるとすれば佐藤君はたくさんの男の子や女の子といることだろうか?

 一緒にいられないときは苦しくなりそうだった。


「それよりあんた……」

「うん?」

「……京子が言っていたように大きいわね」

「ふ、普通だよ普通」

「それが普通だったらあたしなんて致命的じゃない」


 む、胸の大きさなんて結局のところはあまり関係ない。

 何故ならこれを有していてもモテていたわけではないからだ。

 ……まあ私に問題があったと言われればそれまでなんだけど。


「よう」

「高橋、稲葉の胸って大きいわよね」

「……答えづらいことを聞くなよ」


 やめてよ、そうでなくてもこの前のあれでやばい雰囲気なんだから。

 自業自得とはいえ……ねえ。


「まあいいわ、協力してくれてありがとね」

「私はなにもしていないから」

「いてくれただけで助かったわ、じゃあ戻るわね」


 ……この前から意図的にふたりきりにされている気がする。

 あれは京子がしたことだけど……うん、まあそんな感じで。


「そうだ、今度カラオケにでも行かないか?」

「高橋君と?」

「ああ、だって変に他の人間を連れてこられるよりもいいだろ? 稲葉は一対一の方が言っていたわけなんだし」

「うん、分かった」


 伊藤さんの言っていたことを借りてそうしたくなったら連絡してきてと言っておく。

 別に高橋君とふたりきりでも多分大丈夫だ。

 そもそも私になにかをしようとしてきたら私相手にそういう気持ちを抱くんだって気持ちにしかならないと思う。


「それじゃ――うん?」

「……もっとメッセージを送ってきてくれよ」

「私としては高橋君というか相手から送ってきてほしいけど……」


 迷惑なんじゃないかと思って送れない。

 その点、相手から送ってきてくれればそれに答えていくだけでいいから気にならない。

 男の子と連絡先を交換したのなんて初めてと言ってもいいから仕方がないのだ。

 高橋君は過去に付き合っていたみたいだから慣れているだろうけどね。


「過去に付き合っていた子ってどんな感じだったの?」

「んー、キャラ的には伊藤に少し似ているかもな」

「なんで別れちゃったの?」

「特になにかがあったってわけじゃないな、逆に言えばなにもなさすぎたんだよ」


 お互いに好きになったからこそお付き合いを始めたというのに終わりはくると。

 そしてそれは唐突に訪れるわけだ。


「だからもし次に誰かを好きになったら同じようにはしない」

「そうなんだ」

「ああ」


 誰かを好きになったら、か。

 私は結局気になる止まりだったからそのときの気持ちが分からない。

 仮に私が高橋君を好きになったりしたら苦しかったりドキドキしたりソワソワしたり忙しくなるのかな?

 

「すごいね、私なんて誰とも付き合ったことなんてないからさ」

「いいことばかりじゃないからな」

「でも、やっぱり興味はあるよ」


 好きな子と一緒に過ごしたい。

 いっぱい一緒に過ごして仲を深めたい。

 ……そうして部屋の中でいい雰囲気になってキ――みたいな感じで……。


「っと、予鈴だな、また後で行くわ」

「うん、待ってるね」


 それはまだまだ先の話だからとりあえずいまは授業に集中だ。

 それだけをしっかりやっておけば他のことに関しても余裕が生まれる。

 ある程度の余裕がないと恋なんてしている場合ではないから頑張らないと。

 授業の時間が自分の集中力が続くギリギリのところに設定されているから助かる。


「稲葉」

「うん」


 授業が終わって休み時間になると高橋君と集まるようになっていた。

 何気に席に張り付いているよりも楽しい時間を過ごせるから気に入っている。

 彼的には気になる相手と過ごせていい……という感じかな?

 しょ、少々自惚れかもしれないけど悪く考えるよりはいいだろうと片付けた。


「もうちょっと早く話しかければよかった」

「最近になってやっと変われたから早く話しかけられていたらそれこそ逃げていたかも」

「なんで変われたんだ?」

「佐藤君への本当の気持ちを気づけたことが大きいかな」


 そこからはあくまで友達レベルで仲良くしようと片付けられた。

 苦手だったはずの男の子とも冷静にいれば困らないとも分かった。

 いやまあ……この前みたいな感じになると駄目だけど……。


「また佐藤か」

「うん、だけど捨てたから、好きだという気持ちではなかったけどね」

「そもそもどうして捨てたんだ?」

「うーん、佐藤君が来てくれるようになってから嬉しさが出なかったんだよ。それまではずっと一緒にいたい、話したい、遊びに行きたいって思ってたんだけど……」

「理想とは違った……のか?」


 違う、佐藤君はイメージ通り、そして妄想通りいい人だった。

 だけど彼のことを狙う子が多いからいつもの悪い癖が出たのかもしれない。


「とにかく、もうないから」

「そ、そうか」

「教室に戻るね、次はお昼休みに」

「おう、また後でな」


 ……ないというアピールをしてどうするのか。

 本当に馬鹿なことばっかり口にしていて恥ずかしかった。

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