02話.[楽しく過ごせる]
何故か一緒に帰る日々が続いていた。
いや分かっている、京子と話したいからだというのは。
私が心配だからとかそういうのは全て口実に過ぎないのだということは。
でも、別にそういうのは自由だ。
浮気をしちゃったら駄目だけど仲良くするぐらいはね。
「稲葉さんは家族と仲良くないの?」
「なんで?」
「小出さんといたいのはあるだろうけどいまは冬で寒いわけだからさ」
結構遅い時間に帰っているからか。
最初はそうだったけど最近は解決したと説明しておいた。
けど、言ってくれないと分からないよね。
よくお母さんもここまで隠してきたと思うよ。
「佐藤君こそどうして残るの?」
「前にも言ったように稲葉さんが心配だからだよ」
「私はこれまでずっと続けていたんだよ? いまさら急にっておかしくない?」
高校に入学してからもうほぼ八ヶ月が経過しようとしている。
そこで急に心配だからとなるのはおかしい――って、事情を知らなかったのならそれはもう仕方がないのかもしれないけど。
いや、事情を知っても佐藤君がそこで動く理由が分からないから聞くしかない。
「嫌ならやめるよ」
「嫌ではないよ? でも、時間を無駄にしてほしくないんだ。京子に会いたいからということなら別行動をするよ」
いや、それならそもそも待たない方がいい。
大体、私が待っていることがあの子のためになっているとは思えないし。
じゃあこうしてここに残っている意味なんてない。
学校が終わった瞬間に出ればまだ明るいからそれに越したことはないからだ。
「ま、待ってよ」
「ごめん、今日は帰るから」
「あ、じゃあ、途中までいいかな?」
「それは別にいいけど」
あの集合場所に行かなければすぐに家には着いてしまう。
別に家を知られたところでなにも不都合はないからそれは構わなかった。
でも、気になっていた子と一緒にいられるというのにどうして変わらないんだろうか。
「勘違いしないでほしいな」
「それはごめん、だけどあまりに急すぎたからそうとしか思えなくて」
「彼氏がいる人を好きになっても苦しいだけだからね、そんな恋はしないよ」
彼は横をゆっくりと歩きながら「恋をしたこと自体がないけどね」と言った。
表に出すと面倒くさいことになるからそうなんだと答えておいた。
あまりに不自然だから仕方がない。
それに私はやっぱり男の子が苦手なんだと分かった。
いや、女の子も似たように苦手かもしれない。
だって面白い話はできないし、気の利いたことは言えないし、してあげられないし。
だから見ているぐらいが丁度いいはずなんだ。
「ここだから」
「あっ、こっちから帰ると近いんだねっ」
「うん、それじゃあね」
矛盾まみれの人生だから意見はすぐに変わるかもしれない。
それでも私はなるべく彼といないように行動したかった。
天の邪鬼なのかもしれない。
相手が来てくれると避けたくなるというそんな感じの面倒くささがある。
「おかえりなさい」
「ただいま」
お、そういえば今日は早く帰ってきたから手伝うことができる。
私だって母のためになにかをしたい。
恋をすることよりも優先されることだった。
少しだけ勇気を出して言ってみたら手伝わせてくれることになったから頑張った。
「結構できるのね」と褒めてくれて嬉しかった。
「今日はどうして早かったの?」
「たまにはすぐに帰ろうと思って、京子を待たないと帰宅時間は大体こんな感じだよ」
「そうなのね、京子ちゃんを待っていたのね」
両親は京子のことをよく知っている。
京子もまた両親のことをよく知っているから仲はいい方だ。
だけど高校が別になってから部活動に入っていることもあって来ることはなくなった。
彼氏さんがいるからというのもあるんだろう。
貴重なお休みを私のために使おうとは多分思わない。
「学校はどう?」
「普通かな、授業とかは結構分かりやすくて困ってないよ」
「友達はどうなの?」
「残念ながらいないかな、それでもなんとかやれているから問題ないよ」
一応まだ一年生だからこれからなんとかなる可能性がある。
とはいえ、私の生き方的に変わるような気はしないけど。
佐藤君が来ても多分信じられなくて駄目だ。
女の子といても対京子のときとの差を感じて窮屈な感じがする。
どうすればいいのかは分かっているのに行動していないのはつまりそういうことだ。
完全にではなくてもひとりでいられることが気楽だと感じてしまっているのだ。
「私も高校一年生の頃はひとりでいたわね、勉強ばかりしていたわ」
「そうなの?」
「ええ、ご飯を食べた後は眠たくなることが多かったからどちらにしてもいられなかったから」
「ははは、それは高校生からなんだ」
「ふふ、そうなのよ、かわりに起きているときは勉強をいっぱいやっていたわ」
偉いな、私なんてぼけっとしていることが多いのに。
人並み程度にできればいいと考えているから頑張ることもしていない。
だって授業を聞いていればある程度は問題なくできるからだ。
「だから焦らなくていいわ」
「あっ、……頭を撫でてもらえたのなんていつぶりだろ」
「あなたが最後の大会で頑張ったときからしていなかったわね」
母は「高校生になってからはすぐに帰ってこないことが増えたから」と。
これからはなるべく早く帰って手伝おうと決めた。
……下心ばかりだけどなにもしないよりはいいだろうと片付けてね。
相変わらず寒いけどいい天気が続いていた。
寒いのに外でわざわざ食べるという面倒くさいことをしていた。
何故なら佐藤君が来てしまうからだ。
少し前までならそんな理想のようなことが起こっているはずなのにどうしてか駄目だった。
「ごちそうさまでした」
今日は母が寝坊してしまったため珍しく自作のお弁当で。
だけど意外と悪くないセンスをしているということが分かってよかった。
さて、これからどうしようかと悩んでいる間にも時間だけは経過していく。
「稲葉」
「ひゃいっ!?」
あ、この前の子だ……。
どうしてこんなところにいるんだろうとお前が言うな的な感じのことを考えていた。
ただ、考えたところで理由なんか当然分かるわけもなく……。
「隣、いいか?」
「う、うん」
待て、慌てて逃げるようにしたら駄目だ。
というか話すことぐらいなら私でもできるんだから気にしなくていい。
「こんなところで食べているなんて珍しいな」
「うん、教室は賑やかだから少し寂しくて」
「賑やかなのに寂しいのか?」
「私はひとりだから余計にひとりは目立つというか……」
「そういうことか、別に気にしなくてもいいと思うぞ」
うん、実際にそういうことは気にしていない。
とにかく佐藤君から逃げられればそれでよかった。
だって一緒にいればいるほど周りにいる女の子の視線が気になるから。
「あ、あなたは?」
「俺か? 俺はこうしてひとりで歩くのが好きなんだよ」
「そうなんだ? じゃあ土日とかもそうなの?」
「いや、土日はとにかく寝て休むな」
「あははっ、そうだよねっ、お休みの日ぐらいはそれでいいよねっ」
寝て過ごしても後悔しなければそれでいいと思う。
後悔しそうなら、やりたいことがあるなら頑張って起きていた方がいいけど。
「あ、いたっ」
「うげっ」
……逃げない逃げない、逃げたら余計に来てしまうぞ。
それに外ならあんまり気にならないから問題もない。
「どうして逃げるのっ」
「に、逃げてないよ、ねえ?」
「そうだな、たまには外で食べたかったんだとさ」
話を合わせてくれる彼はいい人だ、この前だってハンカチを拾ってくれたしね。
それに嫌な気持ちにさせたかもしれないのにこちらを責めることなくいてくれるんだから。
「あ、稲葉」
「な、なに?」
「俺は高橋
「わ、分かってたよ?」
「はは、嘘つくなよ、それじゃあまたな」
えぇ、どうせなら佐藤君を連れて行ってよっ。
……佐藤だったり高橋だったり有名な名字の子が多いものだ。
渡辺や鈴木という名字の子も多いからどうして偏るんだろうと気になったりはする。
「いまの子は?」
「何組か分からない子なんだよね」
「そうなんだ? 稲葉さんに興味があるのかな?」
「それはないと思うけど……」
もしあったらえー!? って露骨に驚く自信がある。
それこそ向こうの高校にも届くぐらいの大声でね。
それで縮こまることになるんだろう、そういうところまでは容易に想像ができた。
「あ、昨日小出さんが寂しがってたよ?」
「え、あの後一緒に帰ったの?」
「うん、待っていたんだ、稲葉さんが帰っちゃったから代わりに説明しようと思って」
連絡先だって交換しているだろうからそれですればいいのに。
それに私達は毎日一緒に帰っていたわけではないからそういう日もあるということであの場所に私がいなかったら京子はひとり、もしくは友達と帰るはずなんだ。
……これはやっぱり佐藤君が興味を抱いているようにしか見えない、聞こえない。
「これからはお母さんのお手伝いをしたいから頻度は下がるかな」
「そうなんだ、でも、仕方がないよね」
「うん、京子だって急がなければならなくなるから面倒くさいだろうしね」
くしゃみが出たからお弁当箱を片付けて戻ることにした。
風邪を引いたら手伝うどころではなくなってしまう。
あと、風邪を引くと三日間ほど休むことになるから私には致命的だった。
何故なら同じクラスに友達がいないから授業にもついていけなくなって終わるかもしれない。
だから風邪を引きませんように、そんな風にずっと願っていたのが悪かった。
おかしいよね、風邪を引いてと願うと絶対に元気なままなのに引かないでくれと願った途端にこんな感じになるんだから。
風邪の状態で敢えて学校に行くような天の邪鬼な性格でもないし、なにより行けるような余裕がなかったからずっとベッドに転がっていた。
こういうときに母が専業主婦でいてくれていることはありがたいかもしれない。
……まあ、手伝うどころか時間を無駄にさせているんだけど。
その点を意識すると余計に悪化しそうだったから頑張って悪い方に考えるのはやめた。
「京子、遅れちゃってごめ――」
「とりゃー!」
「きゃあ!?」
いや、こうされて当然だ。
約束をしておきながら特になにも理由がないのに遅れるのは駄目だろう。
正当化するつもりはない、思う存分言ったりやったりしてくれればよかった。
「最近は佐藤とばっかりでつまらないんですけどっ、どうせならお兄ちゃんの方と帰りたい!」
「い、一緒に帰ったらいいのでは?」
「だって……友達と楽しそうにしているから邪魔をしたくなくて」
彼女は前髪をいじりながら「それに休日は優先してくれるしひとりじめできるし」と言った。
週に一度しかないお休みを使ってくれるのは嬉しいかもしれない。
まあ私の場合は部活をしていないからいつでも暇と言っても過言ではないけど。
「と、とりあえずカラオケ屋さんに行こうか」
「そうだね、行こう」
外は寒いからなるべく店内にいたかった。
でも、毎回ドリンクバーを飲みすぎてしまうんだよなあとため息をついた。
今度は抑えようと考えたくせに全く活かせていないからだ。
「一緒に歌おっ」
「分かったっ」
彼女となら自信を持って歌える。
下手くそかもしれない私のフォローをしてくれるから楽しく過ごせる。
やっぱり彼女がいてくれれば十分だ。
「ふぃ~、ジュースジュースー」
「私が注いでくるよ、同じのでいいよね?」
「うんっ、ありがとっ」
私はこういうときにジュースを飲まないタイプだからたまにはと注いでみることにした。
それで注いでから大丈夫かなと不安になってしまったものの、他のお客さんが来てしまったためにゆっくりすることはできず。
とりあえず京子の分も注いで戻ろうとしたときのことだった、
「稲葉?」
と話しかけられたのは。
この声には聞き覚えがある、私に合わせてくれたあの子の声だ。
でも、いまなら聞こえなかったふりができる。
店内のBGMは結構音量が大きいからでき――なかった。
「無視するなよ」
「こ、こんにちは」
「おう、ひとりなのか?」
「ううん、友達と来ているんだ」
「なるほど、京子とか」
うぇ、なんでみんなにばれているんだ。
とりあえずこれをあげたいからと部屋に慌てて戻った。
「おかえりー」
「うん、あ、はいっ」
「ありがとー」
……なかなかひとりでいられない。
幸せだけどそうじゃないというか……。
「おーい」
き、来た!?
いや普通部屋の中を覗くっ? と大混乱。
「開けてあげたら?」
「え、いいよ」
「いやいや、彩音に興味があるんだろうからさ」
なんでこういうときに限って歌っていないのか……。
開けてみたら「悪いな」と言ってくれたけど、ねえ?
「久しぶりだな」
「そうだねー、春ぶりだねー」
「相変わらず変わらないな」
「人は簡単に変わらないものなのさ、まあ座りなよ」
お友達と来ていたのにいいのだろうか?
まあふたりいたからひとりぼっちになることはないんだけど。
彼は敢えて京子の横ではなく私の横に座ってきた。
……なんなのだろうか、実は私がなにかをしてしまっていたのだろうか?
「修、あんたこそ変わらないわね」
「まあな、変えようともしていないからな」
「ははは、そういうところも昔の君によく似ているよ」
……京子のキャラがブレブレなのは置いておくとして、なんなんだこの状況は。
京子が呼んだと言われても自然に信じられるぐらいだ。
というかいいのだろうか? 彼氏さんがいるというのに他の子となんて。
まあ、いくら彼氏さんができたって男友達がいたら普通に話すかと片付けた。
恋愛経験がないから分からないのだ、だからこそ過剰に反応して考えてしまう。
「これこれ、なんか近くないかい?」
「そうか? じゃあもうちょっと離れておくか」
「なんで自然に彩音の横に座ったんだと聞いているんだ」
「入り口から近かったからだな、友達と来ているから長居もできないし」
「なるほど、君の言い分は分かったよ」
まあ、京子と楽しそうならそれでいいか。
私は空気を読んで教室にいるときみたいな感じでいらればいい。
そうすれば大体は問題にならない。
「稲葉」
「なっ、なに……?」
「そんなにびくびくするなよ、連絡先を交換してくれないか?」
「いいけど……」
交換したら「じゃあ戻るわ」と言って高橋君は部屋を出ていった。
出ていってから京子が歌い始めていつも通りに戻った。
私としては一安心だ。
京子は歌うのが上手だから聴いていて心地がいいし。
「ふぅ、ときに彩音さん」
「うん?」
「修――高橋に変えたのかな?」
「え、違うよ」
まだ友達ですらないんだし。
そんなことを言ったら佐藤君だってそうなんだけどもう諦めているから問題もない。
「でも、高橋はいい子だからね」
「あ、それは分かるよ、優しそうだよね」
「優しいよ、ただ、顔を見ようとすると首が痛くなるからなー」
そ、そこまでではないと思う。
だって私は彼女より小さいけどそんなこと感じたことはないし。
……顔を見られていないだけと言われればそれまでだけど……。
「佐藤と高橋かあ、どっちもいいよね」
「よく知っている京子が言うならそうなんだろうね」
「ま、仲良くしたかったら一緒にいてみなよ」
「うん」
京子がある程度歌ったところで時間がきたから帰ることになった。
でも、このまま帰るとあれだから彼女の家に行くことに。
「なんか久しぶりな感じがする」
「だね」
いまさらになって彼氏さんと過ごさなくてよかったのかと聞いてみたら、
「あのねえ、親友とだって過ごしたいわけ」
と言われてしまいありがとうと返しておく。
敢えて私と過ごそうとしてくれることが嬉しかった。
「あと、佐藤にそのつもりはないから変な勘違いはしないように」
「でも、やたらといたがっているからさ」
「違うから、そもそも私は付き合っているわけだしね」
そっか、そうだよね、浮気するような子じゃないもんね。
変なことを考えて行動するのはやめようと決めたのだった。
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