60作品目

Rinora

01話.[呼び止められた]

「暗い……」


 どんどんと暗くなっていく。

 それだというのに約束の相手は一向に現れない。

 責めるつもりは別にないけど……ちょっと怖いから早く来てほしかった。


彩音あやね、お待た――」

「ぎゃあああ!?」


 自分を守るために腕をぶんぶんと振っていたら「わ、私だよっ」と言われて止める。

 それでよく見てみたら約束の相手である小出京子こいできょうこで安心した。


「もうちょっと明るい場所で待っていたらよかったのに」

「そう考えたんだけど、ここでって約束をしていたから」

「そっか、ありがとね」


 お礼を言わなければならないのはこちらだからちゃんと言っておく。

 そしてここに留まっていても仕方がないから歩き出した。

 夜というのはどうしてこう不安になるのだろうか。

 いつか慣れる日がくるかもしれないし、高校一年生になっても苦手なままだから一生このままかもしれないしというところだった。


「嫌だから言うわけじゃないけどさ、待っているよりも帰っちゃった方が怖くないんじゃないかなって思うんだけど」

「そうなんだけど……」

「まあいいけどね、彩音と話せる時間が欲しいし」


 私達は同じ学校というわけじゃない。

 だけど距離が結構近いからいつもの場所で部活が終わるまで待っているというわけだ。

 だから仮に彼女が遅くなっても悪いのは自分というわけで……。


「そういえば彼氏さんとはどうなの?」

「普通かな、普通に仲良くできてるよ」

「一緒に帰らなくていいの?」

「方向が違うから、部活終わりはお腹が減っているからあの子も私もすぐに帰りたいんだよ」


 現在は十九時半というところだった。

 それでも動いたうえにお昼からだいぶ時間が経過しているからそうなるかと片付けた。

 授業を受けただけの私でもお腹が空いているぐらいなんだから余計にそうだと思う。


「救いなのは高校から家が結構近いことだよねー」

「そうだね、暗くなってもあんまり怖くないし」

「ほんと? じゃあいまから走ってひとりで帰ってもいい?」

「そ、それはだめ」


 それだと彼女を待っていた意味がなくなってしまう。

 単純に少しだけでも話したいという気持ちがあった。

 でも、部活が終わった後に急がせているというわけだからいいのか分からない。


「そういえば彩音はどうなの? 気になる子と仲良くできてる?」

「うーん、仲良くできてる……かどうかは分からないな」


 他者が見て判断してくれないとなんとも言えない。

 それにその子の周りにはたくさんの人がいるから近づけるような雰囲気でもないし。

 あの子からすれば私はモブもいいところで……。


「これだよこれ」

「え、ひゃっ!?」

「最悪の場合はこれでアピールしちゃいなよ」


 そ、そんなことができるわけがない。

 もしそんなことをしてしまったら痴女とかビッチとか汚い言葉で罵られることになる。


「なんで運動とかもあんまりしないのにこんなに育っているんですか?」

「し、知らないよ」

「あ、もしかしてもう揉まれていたりして」

「そ、そんなことないよ」


 もしそうなら近づけないことで悩む必要なんかない。

 ああ、あの子にとってはただのクラスメイトの中のひとりだからなあ……。

 体だけ育ちがよくたって活かせるわけでもなにかが変わるわけでもない。

 ……しかもそれ目当てで来られても困ってしまうわけだし。

 わがままなのは分かっているけど中身で判断してほしかった。


「私は積極的に話して仲を深めていったけどね」

「積極的に話しかけるが難しいんだよ……」

「周りに誰がいようと関係ないよ、彩音が仲良くしたいなら近づけばいいの」


 でも、確かにそうだ。

 自分から行かなければずっと一緒にいられない。

 友達というわけでもないから、相手から来てくれるわけではないから。


「っと、着いちゃったか、また明日も会おう」

「うん、ばいばい」


 何気に私の家の方が近いから少し申し訳なかった。

 それでも着いたからには好んで外にいたくはないから中に入る。


「ただいま」


 残念ながら家族で楽しく、みたいな感じではなかった。

 ご飯は作ってくれてあるから静かに食べて、それからお風呂に入って寝るだけ。

 リビングにもほとんどいないから気まずいなんてことにはならないけど、実は京子を待っているのはこういうところからもきていた。

 だって部屋にこもっていても息苦しいから。

 悪口を言われたりするわけじゃないから単純にメンタルが弱いだけなんだけど……。


「いただきます」


 自分が食べた分は自分で洗うというルールだから食べ終えたら食器を洗う。

 いや、作ってくれているだけで十分だ。

 仲が悪いというわけじゃないから気にしなくていい。


「お風呂ー」


 確認してみても誰もいなかったから入らせてもらう。

 というか、母はいても父の帰宅時間は遅いからそこまで心配する必要もなかった。


「ふぅ」


 最近はとにかく冷えるからこのお風呂の時間が好きだ。

 それにひとりだから気を使う必要もないわけだし。

 ……あの子と仲良くできたらいいな。

 付き合えなくてもいいから友達みたいに過ごしたいと思った。




 いつも通りな感じだった。

 私はただのクラスメイトって感じで。

 勉強をしに来ているんだからいいといえばいいんだけど……。

 待っているだけでなにかが変わるというわけでもなくあっという間に放課後を迎えた。


「はぁ……」


 教室にはまだあの子が残っている。

 男の子の友達といるから近づこうにも近づけない。

 勝手なあれだけどちょっと怖いんだ。

 暗いところよりも怖いかもしれない。

 それでもこうして残っている理由は今日も京子を待つためにだった。

 ある程度のところまで時間をつぶせれば怖い思いをしなくて済むから。

 でも、少しだけ残りすぎて暗い校舎内を歩くことになったのはあれだった……。


「あ、よかった、もう帰っちゃったかと思ったよ」

「ちょっと時間をつぶしてたんだ、ごめんね」

「別にいいよ、私なんかいつも待ってもらっているわけだしね――って、あれは?」


 振り向いてみたらあの子がいた。

 えっと困惑している内に近くまでやって来て足を止める。


「ストーカーかな?」

「違うよ、遅くまで残っていたから心配になっただけ」

「なるほど、そういう理由を作って彩音の家を知りたかったと」

「違うって」


 何故かふたりが普通に会話をし始めてしまった。

 なんか三人で帰ることになったから邪魔をしないで後ろを歩いておく。


「小出さんは部活があるから分かるけど稲葉さんはどうして残っていたの?」

「えっと、京子を待つためにかな」

「なるほど、仲がいいもんね」


 うん? なんか色々と知られているみたいだ。

 少なくとも京子とは前々から接点があったような感じがする。

 浮気……じゃないよね、ということは中学校が同じだったとか?

 もしそうなら私も同じだったことになるけど……記憶にないなあ。


「佐藤はもっと彩音の相手をしてあげてよ」

「うーん、迷惑かなって」

「そんなわけないない、あの大きい胸の内では滅茶苦茶期待しているんだから」


 確かにそうだ、来てくれて迷惑だなんてことはない。

 いつだって期待しているから京子の言っていることも間違いではない。

 間違いではないけど、いちいち大きい胸とか言わないでほしかった。


「あの……」

「「うん?」」

「ふたりは……仲がいいんだね」


 こんなところ初めて見たから驚いた。

 なにもかもが敗北しているから京子にこういうところを見せられてもショックを受けるようなことはないけど。


「私が佐藤と? 仲良くないよ」

「その割には普通に話せているから……」


 もし京子に彼氏さんがいなかったのであればひとり空気を読んで行動していた。

 でも、実際は違うわけだから気にする必要はないんだけど。


「友達じゃなくたって普通に話せるでしょ、それに佐藤は私の彼氏の弟だしね」

「えっ」

「驚いた? というか、言ってなかったっけ?」


 そんなの一言も聞いていないぞ……。

 それはまたなんともすごい偶然だ。

 あ、ということは兄弟で京子を狙っていた可能性がある。

 こうして仲良さそうなのも佐藤君が京子のことを好いていたから……なのかもしれない。


「彼氏が二年生で佐藤が一年生ね、まあそれは私達がそうなんだから分かるだろうけど」

「そうだったんだ……」

「あと余計な心配しないでよ? 私が好きなのはお兄ちゃんの佐藤くんだから」

「い、いきなりなにを言っているのっ?」


 佐藤君もいるんだからやめてほしい。

 とりあえず家の前まで来たから慌てて屋内に逃げたけど。


「ただいま」

「おかえり」

「あれ、今日は早いんだね」

「まあな」


 違うか、母と少しだけ上手くいっていないだけで父とは普通に話せるか。

 いま帰ってきたところみたいだったから一緒にご飯を食べることにした。


「あのさ」

「なんだ?」

「お母さんと仲良く……できてる?」

「ああ、大丈夫だ」


 そっか、それならよかった。

 離婚とかしてほしくないからこのままでもいいから継続してほしい。


「母さんはこれぐらいの時間になるといつも眠くなるんだよ、それで一緒にいられる時間が減っているだけだから気にするな」

「え、そうなのっ?」

「知らなかったのか? はは、いつもの隠したがる癖が出ているのか」


 じゃあ……別に嫌がられているとかそういうことではないのか。

 そう考えるとここが一気に息苦しい場所ではなくなるわけで。

 そうか、ご飯を作ってくれたり、掃除をしてくれたり、洗濯物を丁寧に畳んでくれたりとやってくれていたもんね。

 いやまあそれが当たり前になってはいけないけどさ。


「離婚とかは絶対にない、だから安心してくれ」

「そっか、よかった」

「って、そんなことを考えていたのか?」

「……ほら、家族で盛り上がるようなこともなくなったから」

「悪いな、帰宅時間が遅いからな」


 それは仕方がない話だ。

 お父さんが頑張ってくれているからこそ普通に生きられているし学校にも行けているんだから文句を言うつもりはない。


「ごちそうさま、母さんが作ってくれるご飯は美味しいな」

「うん、凄く美味しい」


 毎日作ってくれていてありがたい話だった。

 当たり前じゃないからね、だから感謝の気持ちを忘れないようにしている。


「なんかしてやりたいんだけどな、なにをすれば喜んでくれるんだか」

「お父さんが一緒にいてあげればいいんじゃない?」

「でも、たまにはどこかに連れてってやりたいんだよな。いくつ歳を重ねても母さんは母さんのままだし、俺も俺のままだからな」


 そっか、付き合って時間を重ねた結果がいまのこれに繋がっているのか。

 京子で言えば佐藤君のお兄さんと時間を重ねたらそういう風になるかもしれない。

 私が頑張って佐藤君と仲良くできたら――いや、結婚とかは遠すぎてイメージできないけど、もしかしたら、ねえ?


「それに彩音とも一緒に過ごしたいからな」

「昔みたいに家族でゲームセンターに行きたいな」

「懐かしいな、帰る時間になってもコインが多すぎて終わらなくてな」


 そういうときに限って出てしまうものなんだ。

 だから最後辺りは適当に投入したりしていた。

 私としてはコインの山を築きたかったけど帰らなければならなかったから仕方がなかった。


「そういえば京子ちゃんとはどうなっているんだ?」

「いまでも友達でいられてるよ、さっきだって一緒に帰ってきたし」


 私が無理やり待って一緒に帰っているだけとも言えるけど。

 ……いつか迷惑だとか言われないといいなあ。

 もし言われたらショックどころの話ではなくなるから。


「大切にしろよ? ずっと一緒にいられている相手というのは同性とか異性とか関係なく貴重な存在だからな」

「うん、そうだね」


 ごちそうさまと言ってシンクに持っていく。

 今日は父の分も一緒に洗うことにした。

 少しだけでも役に立ちたかった。




「稲葉さん――って、どうしたのっ?」


 話しかけられてついつい周りを見てしまった。

 彼はもう一度「稲葉さん?」と言ってきてくれたから勘違いというわけではなさそうだ。


「ど、どうしたの?」

「いや、元気かなと思って」

「元気だよ」


 外は寒いけど風邪を引いていないから大丈夫だ。

 多分、今年はもう風邪を引くことはないと思う。

 ただ、一度引くとものすごいことになるから気をつけたい。


「佐藤君はいつから京子のことを知っていたの?」

「小学生の頃からかな、だから稲葉さんのことも知ってるよ?」

「え」

「あ、ストーカーとかしていたわけじゃないからねっ?」


 そういうことで驚いているわけじゃない。

 だってそれだと私はこれまでなにをしていたんだろうってなってしまう。

 いることが分かっている状態ならただ好きじゃなかったからって片付けられるけど、佐藤君の存在自体を知らないままこれだから困るんだ。


「それでいつの間にか小出さんが兄さんのことを好きになっていてさ、少し驚いたよ」

「あー……えっと、佐藤君は京子のことが好きだったりとか……」

「友達としては好きだけどそういうつもりで好きになったことはないよ」


 そっか、それなら余計なことを気にしなくていいか。

 私は彼と仲良くすることだけに集中しておけばいい。

 けど、それが一番難しいから時間もかかると思うけどね。


「あ、お友達はいいの?」

「うん、いつだって一緒にいるわけじゃないよ」

「だけど……佐藤君といたいんじゃないかな」


 丁度そのタイミングで「大志たいし」と女の子に呼ばれていた。

 迷惑をかけたくないし、敵視もされたくないからトイレと言って教室を出た。

 こうすれば追えない、そもそも呼ばれているのだから来ないだろうけど。


「稲葉」

「えっ?」


 クラスメイトでもなく友達でもない子に呼び止められた。


「ハンカチ、落としたぞ」

「あ、ありがとう」


 何故だか物凄く恥ずかしかった。

 恥ずかしかったから再度お礼を言ってトイレに逃げ込んだ。

 ……今日はまだ一度も使用していなくてよかったと思う。

 そうじゃなければ湿ったハンカチを男の子に――考えるだけでやばい。


「酷い顔……」


 いちいちおどおどしたり逃げたり他者からしたら嫌な人間だ。

 話しかけた際にそんな露骨な反応をされたらなんだこいつってなることだろう。

 もしかしたらさっきの男の子も嫌な気持ちになったかもしれない。

 こういう点でも京子が同じ学校にいてくれたら……。


「あ、おかえり」

「た、ただいま」


 さっきの子は誰だったんだろう。

 佐藤君の例があるからもしかしたらどこかで会っていたのかもしれない。


「そうだ、今日の放課後も小出さんを待つの?」

「うん」

「そっか、じゃあ僕もいいかな?」

「京子も嬉しいだろうからいいと思うよ」


 やっぱりなんだかんだで気にしているんだ。

 そもそも自分から一度も行けない私が好きな男の子と上手く仲良くできると考えている方がおかしいというものか。

 これからは謙虚に生きよう。

 まあ大体はこうなるのが普通だから恥ずかしいことじゃない。


「ひとりで待たせるのは不安だからさ」

「家もそんな遠くはないから大丈夫だと思うけど」


 それこそ怖いならお兄さんに任せればいいわけだし。

 彼氏さんなんだからもっと安心感を得られることだろう。


「違うよ、稲葉さんがだよ?」

「あ、わ、私っ?」

「やっぱり勘違いしてたんだ、ちょっとおかしいと思ったんだよね」


 でも、それならそれで私の家の方が近いわけだから無駄になってしまうと。

 佐藤君的には十九時までの間、ひとりでいることの方が不安になるんだろうけど……。


「教室で時間をつぶしていくから大丈夫だよ」

「いやいや、もうすぐに暗くなるんだからさ」

「これまで続けてきたことだし……」


 予鈴が鳴ったからなんとか終わらせることができた。

 別に嫌じゃないけどわざわざ付き合ってもらうほどではなかったのだ。

 暗いのは怖いけどね、そこまで子どもというわけじゃないし……。

 私が京子といたくてしているわけなんだから気にしないでほしかった。


「始めるぞー」


 とにかく目の前の授業に集中だ。

 勉強だけはしっかりやっておかなければならなかった。

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