第7話 ニチジョウ

 伊藤 淳が天城の母親に殺されてから

 丁度、一週間が経った。


 伊東 純の父親は天城の家族がリークした

 息子の不祥事がきっかけで政治家を辞職し、天城の母親は警察に逮捕され留置場の中で、心臓麻痺を起こして死んでしまった。


 学校側もほじくり返したくない為か、誰も彼もが事件を過去の出来事として扱った。


 そう.....この学校は二人の生徒が死んだくらいでは何も変わることはなかった。


 そんな僕の心情を読み取ったのかイクアは呆れたように言い放った。


「何を今さら....君が死にかけた時ですら、

 美談として利用しようとした位だ?

 そう簡単に"改心"するわけないだろう?」


「どんな組織でもそうさ。

 一度でも腐った部分が出来れば瞬く間にその腐りは伝播し広がっていく......

 そして、気付いた時には全部が腐りきってしまう訳だ。」


(なら、イクアはどうすれば腐りを止められると思うんだ?)

「簡単だよ。

 某ソ連の独裁者の如く腐った部分を片っ端から処分していくのさ。」


(その処分する係が僕って訳か?)

 僕の質問にイクアは笑い出す。


「あはははは!すまない語弊があったな。

 俺達、"悪魔"にとってこの空間"学校"を、改善する気など無い。

 そんな事は"馬鹿"げているからだ。」



「"彼等"は謂わばまだ成長しきってない

 小さくてひ弱な子豚だ。

 しかし、人を陥れ騙し傷付けることで魂が汚れて腐り熟成した高級肉の香りを醸し出す。」


「ほうら....あんな風にな。」


 イクアが指し示した所には、

 サッカー部の部員がいて、

 しかも僕を見つけると話しかけてきた。


(確かサッカー部の副キャプテンだった筈)

 すると、副キャプテンが僕に対して笑いながら詰め寄る。


「よう......クズ。」

「!?」

 かつて伊東純から呼ばれた蔑称で呼ばれ僕が驚いていると、


「お前さ何か勘違いしてないか?

 確かにキャプテンは死んだが、

 だからってオメェが助かる訳

 じゃねーんだよ。

 良いか?これからは俺のオモチャだ。」


「..............」


 その光景を見たイクアが笑いだす。


「あはははは!ホラね。

 キャプテンが死んだからって

 君への苛めは無くならないよ。」

(.......何で?)


「何で?当たり前でしょう。

 君はこのクラスの"おもちゃ"何だから.....

 所有者伊藤 淳が死んだから新しい主人が現れたそれだけの話だ。」


 その事実に僕が絶望していると反応を示さなかった事に腹を立てたのか副キャプテンが、

 僕を殴り付けてきた。

 殴られた拍子で僕は倒れて机に頭からぶつかる。


「何、無視してんだよ!クズの分際で!」


 頭に痛みが走りそして僕は気づく。

 この"落ち方は不味かった"と......

 イクアのおかげで僕は不死身に近い体を手に入れたが痛覚や体に感じる違和感は元のままだった。


 その姿を見たイクアが笑顔で語りかける。


「あぁー、不味い落ち方をしたね。

 君の予想通り、

 今のダメージは"洒落"にならない。

 頭部から落ちて頭の中で

 出血が起きてしまったようだ。

 これは大変だなぁ......

 普通の人間なら"命に関わる"怪我だよ。」


 僕はイクアが次にすることが分かり止めようとする。


(待ってくれイクア!)


「何故だい?

 この男は君を殺そうとしたんだ。

 同じように殺されても文句は言えないだろう?」


 イクアはそう言う。


 しかし、僕がイクアの止めたのは副キャプテンの為ではなく自分の為だった。


 天城さんをイクアの力で殺した後、

 僕はイクアが天城さんの肉体から魂を剥ぎ取り食べる姿を見た。


 天城さんの体から無理矢理魂が引き剥がされその魂が天城さんの体を模した形に変わっていく。


 剥ぎ取られる行為は想像を

 絶する痛みなのだろう。


 イクアに頭を捕まれもがきながらも、

 躊躇亡く肉体から剥がされる天城さんの魂の慟哭が聞こえた。


「痛い!」「止めて!」「見逃して!」

 そんな言葉が聞こえ魂はイクアの手から逃れようと必死にもがいているのが見てとれた。


 そして、イクアに食われる直前

 僕は天城さんの魂と目が合う。


「助けて!」


 死から逃げようとする天城さんの顔を見た

 僕は本当の意味で理解した。


(僕が殺したんだ.....イクアじゃない....

 僕が選択して彼女を死に追いやったんだ。)


 父の言っていた人間は我慢した者が最後には勝つと言う言葉。


 昔は我慢していればいつか見返りがあると捕らえていたがイクアと会ってからは違う言葉に感じた。


 我慢して手に入れるのは勝利ではなく、

 安全なのだ。

 僕がこれ以上自分の罪を増やさなくて良い。

 そんな安心感なのだと......


(僕は彼を殺さないし怨みもしない。

 不死身になったんだからいくらでも耐えられる。)


 自分の選択で人の命を奪うくらいなら....


 そんな僕の意思を感じたイクアは顔に手を覆って感動した素振りをしている。


「素晴らしいよ鈴原君!

 君は殺されかけているのに相手を怨むことをしないだなんて....結末は君が犠牲になり傷つくだけだと言うのにまるで聖人君子だね。」


「素晴らしく愚かで救いようの無い自分勝手な"聖人君子"だ君は.....

 負けたよ、キミの主張は認めよう。」


 イクアはそう言って"彼"に向き直る。





「だが、それに"悪魔"が従う道理もない。」


 イクアはそう言い彼に手を翳した。







 殴って鈴原が倒れた瞬間、

 俺は満足した気でいた。


 今まではキャプテンが全てを支配していた。

 このオモチャやマネージャーの事も、

 マネージャーとキャプテンの関係を知ってはいたが俺には何も出来なかった。


 キャプテンが王だったからだ。


 俺が歯向かったりしたらこのクズと同じ存在に堕とされちまう。


 だからこそキャプテンの命令には何でも従ってきた。


 だが、そのキャプテンがマネージャーの母親に刺されたことを知って俺は歓喜した。


 やった!これで俺が王になれると.....


 これからは俺の時代だ俺が支配するんだ。


 その手始めとして俺はクラスのオモチャで、あるコイツに立場を教えることにした。


 俺の顔を見て驚いているのに俺は笑いを

 堪えられなかった。


 コイツは理解してなかったんだ。

 この世界のルールを......

 オモチャは一生オモチャだと言う現実に



 これからは俺が王となりこのクラスを支配していく.....そうなる筈だった。



 授業が終わり俺は階段を降りていると、

 "何か"に躓いた。


 その何かは今でも分からなかった。


 そして、落下する体を守ろうと腕を出す。


 地面には沢山の用具が並んでいた。


 俺は危険がないように何もない地面に向かって転がり落ちる。


 落下した痛みが身体を襲うが無事を確認した筈だった。


 何かが動き始める音がした。


 その後、右足に鋭い痛みが走る...

 だが、避けることは出来なかった。


 赤い何かが周りに飛び散り、

 辺りから悲鳴が聞こえる。


 そこで俺は"不思議な者"を見た。


 倒れている俺を見下ろしながら

 笑っている男を.......


 男は俺に近づいてくると、

 何かを話し出したが聞こえない。


 男は笑顔で手に持った物を持ち上げると、

 俺に笑顔で見せてきた。


 それを見た瞬間、男の声が鮮明に聞こえた。




 俺の"血だらけの右足"を持ちながら、

 変わらない笑顔で男は言う。



「おやつをありがとう。」と........


 そこで、俺は意識を失った。






 サッカー部の副キャプテンだった男は、

 階段を踏み外し地面に転げ落ちた。


 その時、偶然にも木の剪定をしていた業者の脚立にぶつかり業者は手に持っていた

 "チェーンソー"を落としてしまう。


 不運にもチェーンソーは"破損していた"様で手を離しても動き続けたまま副キャプテンの右足に落ちると肉や骨を砕き切っていった。


 そして、右足を完全に"切断"すると

 動きを止めた。


 病院に運ばれたが副キャプテンの

 足はもう繋げないほどに酷く切断されたらしく右足を失うこととなった。


 それを気に副キャプテンはサッカー部を退部し学校も辞めた。


 彼は理解したのだ。

 弱者になった自分が、

 今度はオモチャにされることを....



そして、この学校には"悪魔"が住み着いている事も........




クズと呼ばれ皆からオモチャにされる。

イクアのおやつの為に誰かが"何かを失う"。


それが悪魔と契約した鈴原正木の"日常"となっていくのだ。




続く



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