第43話 昼休み

 二学期になってからも、やっぱり昼休みは図書室で過ごしている。

「お疲れさまです」

 カウンターにいる先輩二人に挨拶すると、彼らはいつものように笑顔を返してくれた。

「渡辺さん、ちょうどいい所に来た!」

 女子の先輩が、積み上げたハードカバーの本をこちらに押し出した。

「これ、本棚に戻しといてくれる?」

 実ににこやかな表情の彼女に、隣にいた男子の先輩がしかめっ面をした。

「お前が当番だろ。後輩に仕事を押し付けるなよ」

「えぇー、カウンターから出るの面倒じゃーん」

 頬を膨らませる彼女を見て、私はちょっとだけ笑ってしまった。

「かまいませんよ。行ってきます」

「ありがとー!」

 私は軽く頷き返し、本を抱きかかえるようにして受け取った。背表紙に貼られた分類シールを見ながら、紐づけられた本棚に向かう。


 一冊ずつ本をもとの位置に戻し、途中で乱れた並びを整えつつ奥へと進む。すると、本棚の陰からページをめくる音が聞こえた。少しかがんで本棚に並ぶ本の隙間から向こうを覗くと、白い影がちらちらしている。

「先生、そこにいるんですか?」

「おう。双葉、お疲れ」

 図書室の死角で、白衣姿の大矢先生が床に座って文庫本を読んでいた。大きな体を壁に押し付けているような、窮屈な恰好だ。

「椅子に座って読まないんですか」

 本を全て戻し終えた私が近づくと、大矢先生は気まずそうに笑いながら胸ポケットに手をやり、何かを出した。


 ――うわ、また持ってきてるし。


 取り出したのは、紫の桔梗がきれいにパウチされたしおりだ。私が夏休みの登校日に渡した、あの一輪である。2学期初日に顔を合わせたら、「友達に作ってもらった」と言って嬉しそうに自慢してきた。


 ――本当にやめてくれ。花は枯れるからいいんだよ、なのにいつまでも残そうとするなよ、友達とやらに触らせんなよ、嬉々として毎日持ち歩くなよ!


 私が無表情の裏で激しく悶絶しているのをよそに、大矢先生は読みかけの文庫本にそのしおりを挟んで閉じた。

「こういう狭いところ、なんだか落ち着くんだよな」

「そうなんですか」

「あとはちょっと、隠れたいのもあるかなあ」

 私は体育座りで隣に腰かけながら、大矢先生の顔を見た。眉間にしわが寄っていて、どこか辛そうである。

「先生。何かあったんですか」

 大矢先生は、何か言おうとするように口を開けた。しかし、作った笑顔で首を振り、私の頭に手を載せた。

「お前こそ、何かあったりしないのか。二学期になってからは、一度も二人で話してないだろ」

「別に。今までと変わらないし」

「変わらなくても、おかしいと思ったら俺に話せよ。いや、別に俺じゃなくてもいいいから、とにかく誰かに話せ」

「はあ」

 私は頭を撫でられるに任せながら、ずっと大矢先生の顔を見ていた。大矢先生の二学期には、良くない変化があったのだろうか。なんだか不安だ。

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