中学一年生 初秋
第七章・白い眠り姫
第42話 二学期の開始
二学期が始まった。
私の生活は変わらない。教室では隅っこで静かに本を読み、放課後は図書室に通い、夕方五時半には家に帰っての繰り返し。
夏休みにいろいろあったものの、家族との関係も相変わらずだ。父は少し歩みよろうとしていたかも知れないが、毎夜パチンコに行くから会話もない。
落胆はない。何も期待していないから。
ただ、家の中がなんともいえず薄暗く感じる。
太陽の熱が届かないというか、心の底から冷えていくというか。
九月の頭なんて、まだ気温も30℃を超えるというのに。
そんなことを考える朝。私は玄関前に置いた、桔梗の鉢植えに水をやっていた。変わらない日常に唯一生まれた、小さな新しい習慣だ。手をかけるほどに艶やかな花を咲かせくれるのが、とても嬉しい。
そしてもう一つ、こっちは多少大きな変化があった。
「ふたばちゃーん、学校いこー」
声のほうを振り向くと、河野さんが笑顔で道路から手を振っていた。私もじょうろを置いて微笑んだ。
「おはよう、ちょっと待ってて!」
六年間孤独だった私に、一緒に登校してくれる『友達』ができた。今でも少し信じられないというか、彼女を警戒する気持ちがなくもない。しかしそれよりも、彼女といると心地よかった。自然に笑い、自然に愚痴を言い、それが実に『普通』の女子っぽくて楽しい。
私は一旦玄関の中に入り、小上がりに置いた鞄を手に取った。気配を感じて目を上げると、母がリビングから咎めるような目で私を見ていた。
「何」
「別に?ド田舎のバカとつるんで、バカが移らないようにね」
「はぁ!?」
私は抗議しようとしたが、置時計が目に入りやめた。時間がない、急がないと遅れてしまう。
「バカはそっちでしょ!いってきます!」
私のあいさつに、母は返事を返さなかった。私は河野さんのほうに駆け寄った。
「お待たせ。行こう」
「うん。――どうしたの双葉ちゃん。難しい顔してるよ」
「いやあ。眠い、のかな」
私の心が割れていた。片方は河野さんを悪く言った母に怒り、もう片方は母を悪く言った私を罵り。その疲れはまるで、天から体を押さえつけられているようだ。
「理科で習ったけどさ。ストレスって、英語で圧力って意味なんだってね」
「ん?何の話?」
「いや。忘れて」
私は歩き出しながら、今さっきの母の言葉も、理科の授業の内容も、極力頭から締め出そうと決めた。長らく寡黙キャラで通してきたからだろうか、うっかり変なことを言った後の反応が辛い。
「そうだ双葉ちゃん、今日の放課後って早く帰れる?」
「うん。図書当番じゃないから大丈夫だけど」
「ちょっとさ、ついてきて欲しいところがあるんだけどさ。かまわない?」
「いいけど。どこ?」
「んー」
河野さんはしばらく空を睨み、腕組みをして悩んだ。それから何度かうなずいて、私に向き直った。
「説明面倒だから、行くときに話すわ」
「なにそれ。あ、お金かかるところだったら行かないよ」
「そういうところじゃないって。とにかく楽しみにしといてよ、教室に迎えに行くからさ」
河野さんは、悪戯をたくらむような笑顔を私に向けた。私は面食らいつつ首をひねった。
「まあ、いいけどさ」
「にしししー」
実に楽し気な河野さんを見るうちに、私は自分の両肩から圧力が消えていくのを感じていた。そして頭の中からも、さっきまでのいやな出来事が薄まるように消えていた。
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