第44話 既視感と初見
その日の午後は、2時間続けて学年集会になっていた。
一年生は全員、体育館に集められクラスごとに整列させられた。全ての扉、全てのドアが開けられてはいるといえ、まだ残暑が厳しい館内は軽く汗ばむほどに暑かった。
「全員、座れ」
一組の担任が、大声で指示を出す。言葉に従い腰を下ろすと、前方に立っている大人達がよく目立った。
各クラスの前にそれぞれの担任が、全体の中央に学年主任の林先生が、少し脱力した感じで立っている。
私はその風景に、強い既視感を覚えた。いつ見た光景だろうと記憶を辿り、一学期の始めにもここで学年集会があった事を思い出し、蘇った記憶に顔を歪めた。
あれは、あまりにも酷い事件だった。少し明るい髪色の女子が、いかつい学年副主任の先生に後ろ髪を掴まれ、全員の前に引きずり出されたのだ。大勢の前で激しく怒鳴り続けられた彼女は、突然狂ったように何かを叫んで体育館を飛び出していった。衝撃的な光景に、皆は静まり返り、身じろぎ一つできなかった。
学年副担任は、彼女の親に訴えられて学校を辞めさせられた。しかし、恐ろしい記憶は簡単に風化するものではないらしい。私の周囲のあちこちで、シャツのボタンを上まで閉めたり、髪をまとめなおしたりという仕草が見られた。そして揃ったように顔を伏せて、居並ぶ教師から目を逸らしていた。
私も周りを観察した後、膝を強く抱えて息を殺した。私の髪も少し赤いし、昔から教師には目を付けられやすい。相応の心構えをしておいて、無駄なことはない。
全員が体育座りで息を吞む中、林先生が前に出て少し声を張った。
「今日は、学芸発表会についてお話します」
周囲がわずかにざわついた。一部が嬉しそうな悲鳴を押し殺したのは、いったいなぜだろう。
「わが校では、10月に学芸発表会という催しをやっています。昔はその日に運動会が行われていましたが――」
私は気が抜けたのと同時に、ばかばかしくて顔を背けた。開け放たれた戸口の向こうに、蜃気楼に揺らめくグラウンドが見える。
要するに、みんなで仲良くお遊戯しましょうということだろう。そういうのは小学校にもあったけれど、私は一度もまともに参加させてもらえなかった。邪魔をされたり、排除されたりというのに耐えるだけだった。
あの時の面々は、今も同じ場所にいる。同じクラスにもいる。友達が一人二人できようと、その他大勢が私を隅に追いやるだろう。
この2時間は、私には無駄なだけの時間だ。ずっと居眠りでもしていようか。
「――それでは、各クラスが何をしたいか決めてください。他のクラスと協力したい場合も、この場で合意を取ってください」
林先生がそう締めくくると、急にあたりが騒がしくなった。委員長である戸村君の周りにみんなが集まり、私の周囲は風通しが良くなる。この涼しさは確かに秋だ、窓の向こうをトンボが一匹通り過ぎていく。
耳には、こぼれた会話がぽろぽろと届いてくる。どうやら、うちのクラスは演劇とコーラスで揉めているらしい。私はコーラスに賛成しようと決めた。特に準備もいらないし、仲間外れにされることもない。
そこに別の声が入ってきて、賑やかさが増した。見ると、他のクラスの人間が混ざってきている。
何やら困惑した様子の戸村君が、注目を集めるように両手を高いところで振った。
「じゃあ多数決を取ります!このクラスだけでコーラスがしたい人!」
私は急いで手を挙げた。しかし、私と同意見の人間は数人だった。
「それじゃあ、一組と合同で演劇をしたい人!」
勢いよく、たくさんの右手が生えるように伸びた。
私は小さく舌打ちした。圧倒的敗北である。仕方ない、目立たなくて、いてもいなくても意味がない、そんな役割を探さねば。
「じゃーさーじゃーさー、一つ提案があるんだけど!」
軽薄そうな男子の声が、楽し気に響いた。
「俺、渡辺さんに脚本書いてもらいたい!」
――は?
私はきっと、鳩が豆鉄砲を食ったような感じだったろう。目をぱちくりしながら、ハイともイイエとも見えない首を振り方をしてしまった。
その男子は、勢いよく皆を掻き分け、私に近づいた。そしてのけぞる私に、やたらキラキラする顔を寄せた。
「俺、渡辺さんの作文の大ファンです!だから脚本は、ぜひ渡辺さんに書いて欲しいです!」
どの作文だよと心の中で突っ込みながら、私は相手の顔をよーく観察して、言った。
「――誰?」
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