外伝 私達の計画(河野さん目線)
あの日。私は中学生活に絶望した。
突然行われた、体育館での学年集会。
私達はクラスごとに列になり、体育座りで校則について細かい説教を受けていた。男子は詰襟を上まできっち閉めること、プラ板のカラーは絶対に外さないこと。女子はスカートの長さはひざ下10cm以上14cm未満、紐ネクタイは緩みなくきつく締めること。
そんなあくびが出そうな話に我慢していると、学年副主任のジジイが突然声を張り上げた。
「おいお前!なんで俺がわざわざ集会を開いてやったか、分かってんのか!」
眠そうにしていた周囲は、慌てて姿勢を正して座り直した。だけどジジイは、怒り狂った顔でこちらに大股で迫って来た。
「反抗的な目をしやがって、前に出ろ!」
ジジイは私の横を通り過ぎ、すぐ後ろで立ち止まった。
「中学生が髪を染めるな!」
――典子!?
髪を掴まれ、引きずり出されたのは、幼稚園から幼馴染の典子だった。典子は必死で抵抗した。
「染めてないって!放せ!」
――そうだよ、それ地毛だよ。典子は生まれつき髪が茶色いんだよ!
だけど、そんなことを言える雰囲気ではなかった。一年生全員の前に引きずり出された典子は、そこで思いっきり床に放り投げられた。
「全員に向かってこう謝れ!『髪を染めてごめんなさい、明日までに黒髪に戻します』!ほら、すぐに復唱しろ!」
――何言ってんだこのクソジジイ!
私は、典子とつるんでいた女子の顔を探した。だけど誰もがうつむいたり、顔をそむけたりで、典子を助けようという素振りもない。
自分が助けないと。勇気をふり絞って腹に力を込めた時、典子が突然走り出した。
「逃げるな不良が!」
クソジジイの怒鳴り声を無視し、典子は体育館の出口をぶっ壊す勢いで開けた。勢いよく振り返った目は、怒りと涙でギラついていた。
「どっちが不良だ、クソジジイ!」
飛び出していった典子の後を、学年主任の林先生が追いかけて行った。誰もが黙り込んだ体育館で、私の耳にひっそりと届いた声があった。
「次は、あなただから」
見ると、双葉ちゃんの髪を東が掴んで揺さぶっていた。その表情は注意する人間の顔ではなかった。弱い人間が泣くのを待ち望む人間の顔だった。
最悪だ。ここには、小学校以上にクソな先生しかいない。
あの後すぐ、典子の両親は教育委員会と警察にも事件を届けた。
警察は動いてくれなかったけど、教育委員会は学年副主任を学校から追い出した。全国ニュースもネットも、揃ってあのクソジジイを叩いた。典子に同情する人々もたくさん現れた。
だけど典子は、あれから学校に行けなくなった。髪を引きずられた恐怖が繰り返し蘇って、自分の部屋から出ることすらできなくなったのだ。
今日も私は、預かったプリントを持って典子に会いに来た。典子の部屋の前に立って、慎重に言葉を選ぶ。
「やっほー、静だよ。外、すっごい雨だった」
返事はない。いつもと同じ。
「今日ね。やっと双葉ちゃんと話ができたよ。いじめてたこと、責められちゃったけど。まあ当然だよね」
私もクソジジイの事は言えない。双葉ちゃんには、相当に乱暴なことをした。仲間はずれが怖かったのもあるけど、双葉ちゃんの顔が苦痛に歪むのが楽しかったことも、しっかり認めなくちゃいけない。
「――ふ、ふたば、ちゃんは、だい、じょうぶ……」
久々に典子の声がした。あまりにも弱々しくて、かつての弾けるような明るさはない。
「大丈夫だよ。なんでか分かんないけど、大矢が守ってるし。それにあの子、強さだけは最初から変わらないから」
私と典子は気づいている。双葉ちゃんやその家族が気づいているかは分からないけれど、私達は前からうっすら気づいている。
私達は、それを確認しようとしていた。確認できれば、双葉ちゃんを救えるかもと期待していた。いじめに加わってしまった償いもあるけど、てる兄ちゃんと同じになっていくあの子を止めたかった。
だけど、典子は学校に壊された。双葉ちゃんに近づけるのは私だけ。
「また報告に来るからね。だから」
――あなたまで消えないで。
「だから、待ってて」
私は典子の部屋から離れた。
早く戻ってきなさいよ。私が今一人でやっている事は、二人で立てた『壮大な計画』なんだからね。
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