第24話 青いアイス

 自動ドアが開くと、正面からよく冷えた風が吹きつけた。

「涼しい」

 エアコンだ。文明の利器だ。ありがたや。

「双葉ちゃん、入り口で止まらないでよ」

「あ、ごめん」

 私が店内に入ると、河野さんはまっすぐ大きなコピー機に向かいコインを入れた。

「終わるまで雑誌でも読んでなよ」

「え? う、うん」

 私は少し乱雑に並んだ雑誌から、オシャレな表紙のものを手に取った。ページをめくって一瞬固まる。

『男を虜にするカラダ特集』

 女性向け雑誌のくせに、裸の写真ばっかってどういうこと!

 私は咳ばらいをして雑誌を棚に戻し、見られてないか辺りを見渡した。

 ――あれ?

 私があることに気づいて考えていると、背中を軽くたたかれた。

「お待たせ。何見てんの?」

 河野さんが返してくれた宿題帳を受け取りながら、私は思ったことを口にした。

「いや。……私の恰好って、別にみっともなくないというか、普通なのかなぁ……って」

 かなり着込んだTシャツの人も、色落ちしたジーパンの人も、なんなら寝間着同然な格好の人までいる。

 途端に河野さんがふき出した。

「あったり前じゃん! なに真剣な顔してんのかと思ったら、めっちゃ笑えるっっ」

 腹を抱えて笑う河野さんに、私は悔しさと恥ずかしさで口を尖らせた。

 ――だって、知らなかったんだもん!




 外に出た私達は、コンビニの前にある車止めに腰かけた。

「ほい、私のオゴリ」

 河野さんが突き出したのは、青色の袋に入ったアイスバーだった。

「あ、えと、ありがと」

 おずおずと受け取って袋を開けた。棒を持って慎重にアイスを取り出すと、中身も空のように青い。

「双葉ちゃん、そのアイス食べたことないの?」

 河野さんは、同じアイスを躊躇いなく頬張っている。

「うちでは、色のついた食べ物は禁止なんだよ。毒だからって」

 私も思い切ってかじりつく。冷たくて甘くて、ほのかに爽やかな酸味がする。

「毒なのはオバサンの方だっつうの」

 河野さんが悪態をつく。私は苦笑した。

「でもさ、言っていることは正しいから」

「どこがよ」

「見苦しいとかさ、女らしくないとかさ、かわいくないとか。だから東先生だって、私が気に入らないわけだし」

 河野さんは、フンと鼻を鳴らした。

「東のアレは、ぜんっぜん意味が違う」

「そうなの?」

 河野さんは、もったいぶるように私の耳に口を寄せた。

「東はさ、大矢に惚れてんの」

「はぇ?」

 溶けかけたアイスをすすっていた私は、うっかり変な声を出してしまった。

「それが?」

「でも大矢ってさ、双葉ちゃんに付きまとってんじゃん」

 付きまとってなどいない、あの人は兄の話をしたいだけだ。口の中がアイスだらけだから反論できないけど。

「だから双葉ちゃんに嫉妬して、意地悪しまくってんだよ」

 私はやっと口の中身をのどの方に流し込んだ。

「話が飛躍しすぎ」

 非現実を楽しむ恋愛小説じゃあるまいし。現実の大人はもっと理性的だ。

「いやいや。東の行動観察してみ。一目で分かるレベルだよ?――つっても、学年副主任みたいに辞めちゃうかもしんないけど」

「あー。あの爺さんか」

 入学してすぐの学年集会。学年副主任の先生が、全一年生の前で女子生徒の髪を引きずり回した。理由は女子生徒の校則違反。だが、それがニュースになるほどの大問題になり、先生はすぐ学校を辞めた。

「あーでも」

 河野さんは、私の顔をじーっと見た。

「その髪は普通にヤバいよ。前髪が目より長いし、ボッサボサだし」

「お父さんが切ってくれないんだよねぇ」

 父は私から逃げ回っている。捕まえるのは至難の業だ。

「そんな双葉ちゃんに、良い物を進ぜよう」

 改まった口調で、河野さんはポシェットから赤い折りたたみ財布を取り出して開いた。

「私、ここに通ってんだけどさ。紹介した人も割引になるんだよね」

 差し出されたのは、名刺サイズのカードだった。『ジューン美容室 ご紹介した方もされた方も30%OFF』と書かれている。

「お店は学校の真ん前。学生は税込み1400円、更に30%OFF」

「いらない」

 どうせ私は行けない。お母さんは、私が美容室に行くことなんて許してくれない。

 しかし河野さんは、私の手に強引にカードを押し込んだ。

「あげるって」

「いらん」

「使って欲しいの!」

「いらねえって」

「私の次回カット代のためにもお願い!」

 あまりにしつこく食い下がられて、私の心も折れた。

「わかった!もらう!でも、行けるかどうかは分かんないからね!」

「30%OFF、よろしくっ」

 ししししっ、といたずらっ子らしい顔で笑う河野さんを見て、私は自分の押され弱さを呪った。

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