第9話 変わったのは
* * * * * *
アイル「だから次はそうしたいなって」
アイル「ん?」
アイル「おーい?」
アイル「ゆいまるちゃん? どしたの? AFKかな?」
ハッとする。
目の前の画面で、アイルさんがエモーションを使いながらわたしに呼びかけてくれていた。
慌ててキーボードを叩く。
ゆいまる「ごめなしあ!」
ゆいまる「ごめんなさい!」
アイル「いやいや大丈夫だよ」
アイル「急に反応なくなったからさ」
ゆいまる「すみません。ちょっとぼーっとしていて」
アイル「何か悩み事? 話くらいなら何でも聞くよ」
アイル「うちら、もう仲間だからね。ほら、二人でギルド作ったくらいだし。ね?」
ゆいまる「ありがとございます!」
アイル「同姓キャラ同士でも結婚が出来るのは『ワンクロ』の素敵なところだけど、まだレベルが足りないからね」
アイル「愛を貫くには強さも必要なんだって!」
アイル「けど二人のギルドがあれば、いつでも一緒にいられるからね」
わたしたちのキャラクター名の上部には、二人で作ったギルドの名前――『ゆいまーる』が浮かんでいる。
ギルドは、オンラインゲームでのチームみたいなシステムで、同じギルドにいるといろいろなメリットがあるのだ。そして『ゆいまーる』とは、沖縄の言葉でお互いに助け合うみたいな意味の言葉。わたしが沖縄での話をしていたときにアイルさんがその響きを気に入って、ギルド名に決まったのだ。
実はわたしのリアルネームの『優衣』も、ワンクロネームの『ゆいまる』も、どちらもこの言葉からきている。
アイル「それにしても、『ゆいまーる』って良い言葉だよね」
アイル「うち、沖縄に言ったことないから、一度行ってみたいよ~」
アイルさんが笑顔のエモーションチャットで楽しさを表現している。
アイル「ねぇゆいまるちゃん。よかったら、一緒に行かない?」
ゆいまる「え?」
アイル「沖縄! 北海道でもいいけど、ゆいまるちゃんの生まれ故郷がみたいからさ」
ゆいまる「え? え? 旅行ってことですか?」
アイル「そう! 夏休みにでもどうかな?」
アイル「あ、うちはそういうのに少し厳しいんだけど、今のうちに説得しておく!」
アイル「だから、もしゆいまるちゃんが良かったら、二人で行ってみない?」
画面を見て、わたしは固まっていた。
ものすごく嬉しかった!
アイルさんと――莉愛先輩と二人で旅行なんて!
想像するだけで胸がどきどきしてしまう!
だけど……。
ゆいまる「いいですね! わたしも両親に話してみます!」
アイル「うん! あ、じゃあ今日は早めに落ちようか」
アイル「明日は小テストもあるからね。ちゃんとお勉強するんだよ?」
アイル「それじゃあおやすみ」
ギルドメンバー[アイル]さんがログアウトしました。という表示が画面のログに残る。
「……なんでだろ」
ゲームのチャットではなく、リアルでつぶやく。
先輩と仲良くなれて嬉しいのに。
旅行に誘ってもらえてすっごく嬉しかったのに。
わたしは毎日こんなに楽しいのに。
「こんな幸せなのに……なんでわたし、ずっと、こんなに、不安なの……」
自分の身体をぎゅっと抱きしめる。
画面の中で、『ゆいまる』がじっとわたしを見ている気がした。
* * * * * *
それから一週間。
小テストも終わって、平穏な日常が続いている。
でもわたしは、平穏ではなかった。
ゲームが出来なくなった。
あんなに大好きだった『ワンクロ』に、もう一週間もログインしていない。
莉愛先輩と――アイルさんと旅行に行こうって話をしたあの日から、一度も。
ゲームだけじゃない。
わたしは、リアルでも莉愛先輩と一週間会っていなかった。ううん、もっと正しく言えば、会ってはいるけど話をしてない。
先輩は何も変わらない。
今まで通りの優しくて素敵な先輩だ。
だから、変わったのはわたしだ。
お昼休みに先輩がわたしの教室まで来てくれても、その前に教室から飛び出している。
放課後はすぐに家に帰って、先輩と鉢合わせしないようにしている。
メールが来ても、どうしても返せない。今までのわたしなら、即返信してありもしない尻尾をぶんぶん振っていただろう。
そう。
変わったのはわたしなんだ。
わたしが、莉愛先輩を避けている。
理由も、やっとわかった。
幸せな胸の奥でわだかまっていた不安も、ずっとなにかを怖く感じた原因も。
わかったから、会わないようにしていた。
でも、ずっとこのままじゃ先輩に失礼だ。
それに、先輩は優しいからきっと心配してくれている。
だから最後にしようと決めた。
リアルで会うのは怖いから。
最後にもう一度だけ、あの世界に行く。
* * * * * *
アイル「ゆいまるちゃん!」
アイル「よかったぁ! 元気だった?」
アイル「身体壊してなかった? 心配してたんだよ!」
アイル「ずっと連絡もないしログインしないから、何かあったのかと思って」
アイル「リアルでもなかなか会えないし、どうしたの?」
ゆいまる「今までごめんなさい。アイルさん」
ゆいまる「今日は、アイルさんに伝えたいことがあってきました」
アイル「え? 何?」
アイル「……ゆいまるちゃん?」
ゆいまる「すごく楽しかったです」
ゆいまる「アイルさんと一緒にワンクロで遊べて、幸せでした」
アイル「え?」
ゆいまる「でも、今日で最後にします」
アイル「どういうこと?」
ゆいまる「もう、ワンクロは止めます」
ゆいまる「勝手なこといってごめんなさい」
アイル「ゆいまるちゃんまって」
ゆいまる「ごめんなさい」
ゆいまる「ギルドは、解散しますね」
ゆいまる「アイルさんは、たくさんの人ともっとワンクロを楽しんでくださいね」
アイル「待って!」
ギルドマスター[ゆいまる]によって、[ゆいまーる]ギルドが解体されました。
――ゲームからログアウトした。
ノートパソコンの電源を切る。
少ししたら、『ワンクロ』のストラップが付いたスマホがぶーぶー鳴った。
わたしは、椅子の上で抱えた膝に顔をうずめた。
「莉愛……せんぱい…………ごめん、なさ…………っ」
涙が溢れた。
大きな世界を失った。
でも、これでいいんだ。
こうしなきゃ、わたしは、もっと先輩に迷惑をかけるから。
これで、いいんだ。
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