第5話 秘密の間接キス
「……ゲームのやりすぎです」
「……え?」
「朝までゲームをしていました……。そのせい……だと、思います……」
ぼそぼそと声が小さくなっていく。あまりの恥ずかしさに顔は真っ赤になって、穴があったら入って埋まって冬眠したい気持ちだった。もちろん、先輩の顔を見ることも出来ない。
先輩が、そっと口を開いた。
「……ちなみに、なんというゲームでしょうか?」
「え? あ、え、えっと、『ワンダーランドクロニクル』っていうオンラインゲームです。昨日の夜に両親から勧められて始めたばかりで、日本中の人が集まってワイワイ遊ぶものなんですけど、いわゆるMMORPGって……って、そ、そんなこと知りませんよね。ご、ごめんなさい……」
声尻が小さくなってく。憧れの先輩になんということを告白してるんだろう。
わたしみたいな庶民のソシャゲ逃避娘とは違い、先輩は立派なお家で立派な教育を受けている立派な人なのだ。
この学校に通ってるお嬢様たちはみんなそう。
将来を約束された人たち。
わたしの知らない世界をたくさん知っていて、わたしの知っている世界は知らない。
文字通り、わたしとは住む世界が違う。
そもそもゲームのやりすぎで倒れちゃうなんて前代未聞だろうし、あまりにも情けない。
せっかく先輩とこうしてお話が出来たのに、 もう、呆れられてしまったことだろう。
「……そうですか」
先輩が目をつぶってつぶやく。
「柊さん。ご事情はわかりました。このあと、お時間よろしいですか。生徒会室にいらしてください。少し、これからについてのお話をしましょう」
「……はい」
学院の模範である生徒会長からの直々のお呼び出し。
当たり前だけど、厳しいお話になるんだろうな。ひょっとしたら、停学なんてことにもなるのかも……。
でも、これでいいんだ。
先輩に嘘はつけない。つきたくないし!
少しの間だけでも、先輩と二人きりでお話が出来て嬉しかった。きっと、これがわたしの学院生活一番の思い出になる!
そんな思いで自分を慰めながら、先輩の案内で生徒会室へとやってきたわたし。
バタンと扉が閉じられ、二人きりの空間になる。
耳が敏感になっちゃうくらい静かすぎる部屋で、生徒会長席の前に立つ。張り詰めた空気が流れていた。
「――柊さん」
藤ノ宮先輩が、こちらに背を向けたままわたしの名前を呼ぶ。
「は、はい……」
返事をすると、先輩がこちらに振り返る。
先輩の薄桃色の唇が開き、わたしはぎゅっと目をつむってすべてを覚悟した。
そして――
「これは……きっと運命ね!」
先輩が明るい声でそうつぶやき、わたしはつい「えっ?」と目を開けてしまった。
それから先輩はキラキラした瞳でわたしの方に歩み寄ってくると、わたしの手をぎゅっと両手で包むように握った。思わぬ接触にまた胸がドキッとする。あわわわなにこれ近い近い睫毛長いキレイなんでなんで!?
「やっぱり柊さんも『ワンクロ』やっているのね! いつからやってるの? レベルは? ジョブは何かしら!? マスタースキルをどれを選択したの!? ワンダーアニマルはどの子を仲間にしているの!? どこのサーバーでプレイしているのかしら! あっ、この前のイベントには参加したのかしら!? 報酬はもちろんだけれど、ストーリーが感動的で良かったわよね!」
「――ほぇ?」
わたしの口から間抜けな声が漏れた。
めちゃくちゃ饒舌になった藤ノ宮先輩は、さらにぐいぐいと顔を近づけてくる。わぁ近すぎちょっとこれだめはぁイイ匂いするぅ!
「柊さんのスマートフォンについているストラップを見て思っていたの! ひょっとしたら柊さんも『ワンクロ』プレイヤーなんじゃないかって!」
「へ? あっ――」
そこで先輩が自分の鞄から取り出したのは、先輩のスマートフォン。そのお洒落な花柄カバーには、『ワンクロ』のマスコットキャラである『プチ』のストラップが付けられていた。わたしのと同じやつだ!
さらに先輩はさっきまで涼しい顔で読んでいたおしゃれな文庫本のカバーを外し、中を見せてくれる。
それはなんと、最近出たばっかりの『ワンクロ』のノベライズ本だったのだ。ええええ!?
「そ、そ、それって!」
「ふふっ、買っちゃった♪ この学院ではあまりゲームのことを快く思わない人が多いようだから、『ワンクロ』を知っている人はいないと思ってこっそり付けていたの。本もね。なのに……あぁ、まさかここで同じ趣味の友達が出来るなんて思っていなかったわ」
手を組んで神様に祈るシスターさんみたいに穏やかな顔をする先輩。ええ! 今、わ、わたしのこと!
「と、友達? わたしが!? え、えっとっ、あの、そ、その……!」
「落ち着いて、柊さん。大丈夫。ちゃんとお話を聞くから」
「あ、は、はい……」
にっこり微笑む先輩の前で、一回二回と深呼吸。うん。よし!
「ええと……ひょっとして、藤ノ宮先輩も『ワンクロ』やってるんですか?」
「ええ、半年ほど前から。とっても楽しくて、ずっとハマリっぱなしなのよ。……でもきっと、その話は昨晩もしたわよね」
「え?」
さ、昨晩?
どういう意味だろう。夢の中で会ったみたいなロマンティックなお話かなとかバカみたいなことを思ったところで、先輩は続けて言う。
「こんなにも嬉しいサプライズな出逢いがあるとは思わなかった。やっぱりこれは運命よ。ね? 『ゆいまる』ちゃん」
……え?
え?
……え? え? えっ? えっ!?
「……あ、ああああのっ? えっ!? 今ゆいまるって、ど、ど、どしゅてわたひの『ワンクロ』のなまえ!」
混乱して噛みまくるわたし。
藤ノ宮先輩はくすくすと上品に笑って言う。
「柊さんが保健室で起きたとき、『アイル』という名前を口にしたわよね」
「……あ」
「それから、柊さんのストラップ。そして昨日の夜に始めたという言葉。それでわたし、ピローンと来たの! 『ワンクロ』でスキルを獲得したときみたいに!」
人差し指を立てて得意げに微笑む先輩。わたしの頭の中で『ワンクロ』のスキル獲得SEが鳴った。
これで、さすがに鈍感なわたしでもわかった。
その情報だけでわたしが『ゆいまる』だと気付ける人。
そんなの、たった一人しかいない。
もしかして。
もしかして藤ノ宮先輩は……!
「ア、ア、『アイル』さんなんですかぁっ!?」
「あ・た・り♪」
藤ノ宮先輩は嬉しそうに肯定し、パン、と両手を合わせて言った。
「本当に柊さんが『ゆいまる』ちゃんだったなんて、奇跡みたいだわ。ああ、胸がドキドキして止まらないの。あ、けれどこのことは他のみんなには秘密かしら。私と柊さんだけの秘密。ね?」
それから先輩は自分の口に人差し指を当ててとっても綺麗なウインクをした後、その指をわたしの唇にちょんとタッチした。
あ、間接キス……。
いやいやそんなことじゃなくて!
「え………………ええ……? ……ええええええええええ~~~~~~~~!?」
わたしは北海道から東京に引っ越すことが決まったときの65535倍くらい驚き、間接キスの余韻でまた倒れかけた。灯台もと暗すぎでしょこんなん!
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