第4話 天使オーラがでてるんです!


「……? え?」


 固まるわたし。


「……? どうかしましたか?」


 首を傾げる先輩。


「…………え? どうかしま……しま……しましま……え、にぇえええっ! ふ、ふ、ふふふ藤ノみゃしぇんぱいっ!?」


 思わず噛みまくってしまうくらい動揺するわたし。

 だってだって!

 すぐ近く。手を伸ばしたら届いてしまいそうな距離に、あの藤ノ宮先輩がいる!


「ごめんなさい。びっくりさせてしまったかな? とても気持ちよさそうによく眠っていらしたので、起こしては申し訳ないかと」


 心地良い声色。

 ツヤツヤした綺麗な長い髪は窓からの春風に揺れて、良い匂いがする。

 陶磁器みたいにスベスベしていそうな白い肌は傷一つなくって。

 宝石みたいに輝いて見える大きな瞳が、わたしを見つめている。

 手足はスラリとして長いし、胸もわたしなんかよりずっと大きい。

 まさに『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』のことわざがぴったりハマるような美しい人で、ほんとに同じ高校生とは思えない。ソシャゲだったら絶対レアリティSSRランクでガチャの目玉キャラで実装日にはタイトルを売り上げランキング1位にしちゃうやつなのだ!


「あふっ! あ、あにょっ……ど、どどっ、どどどどどうして先輩がここにあいたっ!」


 ベッドの上で慌てふためいたわたしは、思わずのけぞって後ろの壁に後頭部をぶつけてしまった。鈍い痛みがじんじんと襲ってきてようやく少し落ち着いてくる。


「だ、大丈夫? 柊さん」

「うう、だ、だいじょぶれふ……」


 思わず涙目になるわたし。動揺して立ち上がった先輩が大きな目をぱちぱちさせながらわたしを心配してくれていた。寝起きの顔を見られて恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい。


「とにかく落ち着いてください。今からキチンと状況を説明しますね」

「は、はい……」


 先輩は手に持っていた文庫本を棚の上に置くと、椅子に座ってわたしの方を向き、丁寧に話をしてくれた。


 で、なんとなくわかってはいたけど、やはりわたしは朝礼の最中に倒れて、そのまま保健室に運ばれたらしい。幸い今日は、朝礼と簡単な今後の授業説明についてしかなかったから、授業を受け損ねるということはなかったけど、情けないことをしてしまったと自分を恥じるしかなかった。しかも、わたしをここに運んでくれたのはなんと藤ノ宮先輩だというのだ!


「そうだったんですね……。うう、先輩にご迷惑をおかけしてしまってすみません……」

「気にしないでください。私は保健委員もしていますから。それに……」

「…………それに?」


 しょんぼりしながら尋ねたわたしに、先輩は足を揃えてこう言った。


「外部入学生である柊さんは、まだこの学院に慣れていないと聞きました。そんなあなたが一人で目覚めることになっては心細いかと思いまして。新しい生徒会長として、新しい生徒の学院生活を守ることは私の大事な役目です。だから、何も気にしないでいいんですよ」


 淡々と言葉を紡いだ先輩は、ふんわりと咲いた花のように優しく微笑んでくれる。


 ――天使だ。


 この人はきっと本物の天使で、情けないわたしを励ましにきてくれたのだ。


「……うう~」

「え? ひ、柊さん? どうして泣いているのですか?」

「しぇんぱいが、やさしいので……うう~~~」

「……え?」


 先輩は何度か目をぱちくりとさせたあと、口元を抑えて笑みをこぼした。そしてポケットから出したハンカチでわたしの目元を優しく拭ってくれる。


「――ふふっ。あなたは、なんだか面白い方ですね」

「あう……」


 笑われてしまった。頬が熱くなってくる。

 けど、それもわたしにとっては嬉しかった。だって藤ノ宮先輩はいつも凜としていて格好良くて、そんな人がわたしに笑顔を見せてくれたから。


 そのとき、先輩が自分の学生鞄から見覚えのあるスマートフォンを取り出した。


「――あっ。そ、それわたしの!」

「やはりそうでしたか。講堂で柊さんをお運びするときに落ちていまして。おそらく柊さんのものだと思い、私が預かっていたんです。はい、どうぞ」

「わぁ~! ありがとうございます先輩!」


 お礼を言ってスマホを受け取るわたし。

 スマホはもはやわたしの相方。切っても切れないパートナー。最も身近な友達なのだ。これを失っては生きていけない。先輩には感謝してもしきれない!


「本当にありがとうございました。先輩」

「どういたしまして。ただし、学院での使用はほどほどに」

「は、はい気をつけますです!」

「元気なお返事。ところで柊さん。ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」

「はい? なんでしょう……?」


 先輩の涼やかな声を聞くと、思わず背筋が伸びるわたし。


 あれ?

 先輩の目が……なぜかチラチラとわたしのスマホに向いている、ような気がした。


「先ほどまで保健の先生がいてくださったのですが、倒れた原因はおそらく睡眠不足と疲労だと仰っていました。前日に、何かなさっていたのでしょうか?」

「あ……そ、それは」

「もしも学園生活や家庭環境に問題があるのでしたらご相談ください。生徒会長として、あなたの力になれることもあると思います」

「せ、先輩……」


 じーんと胸に染み渡る。先輩みたいな立場ある人がわたしみたいな子を気にしてくれるなんて、とっても嬉しい言葉だった。


 けど。

 だけど!


「あのぅ、そ、それはですね、えーっと」

「? 柊さん?」


 動揺するわたしを見て、不思議そうに首をかしげる藤ノ宮先輩。


 ど、どどどどうしよう!

 だって!

 まさか前日に徹夜でネトゲしてたから倒れたなんて、そんな恥ずかしい理由言える!? この人に!?


「あ……大丈夫ですよ、柊さん。悩み事は決して誰にも言いません。私とあなただけの秘密にします。生徒会長として、固く誓います」


 うう~めっちゃ嬉しいですけど~! まともな悩み事なら是非にも相談したいのですけど~!

 でも。でもでもでも!

 言いたくないからって、恥ずかしいからって、だからってこの人に嘘を言える? こんな天使みたいな人に嘘をつける? きっと本気でわたしを心配してくれているこの人に? それこそ絶対無理!

 

 そして私は――ついに観念して口を開いた。

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