第47話

 師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。


 冷たい風に、茶色い枯れ葉がカラカラと乾いた音をたてる。時々、足元からは、カシャリという落ち葉が潰れる音が小さく響く。


「冬ですね」


 特に意味もなく、僕は呟いた。誰に言うでもない。しいて言えば、自分に言い聞かせるような、そんな呟き。


「ふふっ」


 隣から聞こえたのは、思わず口から洩れてしまったであろう笑い声。


 チラリと隣に目を向ける。僕の目に映ったのは、口元に手を当てながら微笑を浮かべる師匠の姿だった。


「……何ですか?」


「今の君、縁側に座るおじいちゃんみたいな表情してたよ」


「どんな表情なんでしょう、それ?」


「そうだね。……遠くを見つめながら物思いにふけってて、それで、ちょっと幸せそうな感じ、かな」


 僕の方に顔を向けながらそう告げる師匠。


 いつものような穏やかな表情に加わった微笑。それが、僕の心臓をドキリと大きく跳ねさせる。僕は、師匠から少しだけ顔をそらし、歩みを進める。顔の温度が先ほどよりも上がっている。


 その時、一段と強い風が僕たちの間を吹き抜けた。枯れ葉のカラカラという音が、これまで以上に大きく響き渡る。


「冬だね」


 風がやみ、僕の耳に届いたのは、そんな師匠の呟きだった。先ほどの僕と同じ、特に意味はない、自分に言い聞かせるような呟き。


「今の師匠、縁側に座るおばあちゃんみたいな表情してましたよ」


「……へえ。それは、私をからかってるのかな?」


「……あ」


 言われて思い出す。あの時の、忌まわしい記憶を。猫が消えていった建物の方を凝視する師匠に、猫がいますよと噓をついて、それから……それから……。


 あの日、二度と師匠のことをからかうまいと心に誓ったはずだったが、ついやってしまった。どうやら、僕の中には、師匠をからかいたいという願望がくすぶっているらしい。いや、単に、先ほどドキリとさせられた仕返しをしたかっただけか。


「まあ、でも……」


 師匠が、空を見上げながらそう口にする。僕も、師匠につられて空を見上げる。


 日が落ちた薄暗い空。師匠は今何を見ているのだろうか。道しるべのように光を放つ数個の星か。ランプを点灯させながら飛ぶ一機の飛行機か。それとも、また別の……。


「今のからかいは、それほど悪くなかったよ」


「……え!」


 驚いて師匠を見る。師匠が自身へのからかいを許すなんて、思ってもみなかったからだ。


「ど、どうしてですか?」


 空を見上げたままの師匠に、僕は、恐る恐る尋ねる。


 そんな僕に師匠が返してくれたのは、小さな呟きだけだった。


「おじいちゃんとおばあちゃん……ね」

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