第41話

 師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。


 正面から吹く風が、僕たちの間を吹き抜ける。冷たさが、肌をピリピリと刺激する。ついこの間までは心地よい風だと思えていたのに、今となっては、少々苦痛に感じてきた。といっても、季節はまだ秋。冬になったら一体どれほどの苦痛を感じるのだろうか。


 街路樹の傍には大量の落ち葉。何人もの人に踏まれたであろうそれらの色は、少々くすんで見えた。


「クチュン」


 突然、僕の隣からとてもかわいらしい声が聞こえた。思わず隣に視線を向ける。僕の目に映ったのは、ほんのり赤みが差している師匠の顔だった。


「……忘れて」


「別に、恥ずかしがることないと思いますよ。くしゃみなんて、誰でもしますし」


「……それでも、忘れて」


「……はい」


 そこまで恥ずかしがることなのだろうか。まだ僕には乙女心というのがよく分かっていない。そういえば、つい先日も、先輩に、「君は乙女心が全く分かってないね~」と言われてしまったっけ。


 そんなことを考えながら歩いている時だった。


「クチュン」


「…………」


「クチュン、クチュン」


「…………」


「……死にたい」


「そこまでですか!」


 いきなり師匠の口から物騒な言葉が飛び出した。さすがに、くしゃみでそこまでの気持ちになってしまうなんて予想外だ。これが、乙女心というやつ……いや、それは違うか。


「し、師匠、あの……」


「……何?」


 師匠の声は暗く、表情も暗い。だが、その頬と耳は真っ赤に染まっている。この様子を一体なんと表現すればいいのだろうか。そして、何と声をかければいいのだろうか。僕の頭の中の辞書には、今の師匠の様子を言い表すだけの言葉も、師匠に対する励ましの言葉も載っていなかった。


 だからこそ、妙な言葉を口にしてしまった。


「師匠が死んじゃったら、僕、大泣きしますから」


「……え?」


「師匠のくしゃみなんて忘れちゃうくらい、大泣きしますから」


「えっと……」


 困惑の表情を浮かべる師匠。だが、それは、すぐに、いつものような穏やかな表情に変わっていった。


「大丈夫、だよ。さすがに、死にはしないから」


「で、ですよねー」


 笑ってごまかす僕。さすがに、師匠の死にたい発言を本気にしていたというわけではないが、それがきっかけで、自分でも恥ずかしいと思うような発言を口にしてしまったことは事実だ。僕の顔の温度が急激に上昇する。


 その時だった。冷たい風が再び僕たちの間を吹き抜けた。


「クシュン!」


「…………」


「…………」


「えっと……くしゃみって、うつることあるよね」


「……忘れてください」

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