第42話
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
「今日、予報では雨だったんですけどね」
手に持ったビニール傘をブラブラと振りながら、空を見上げる。僕の目に映るのは、厚い雲に覆われた空。見渡す限りの灰色。
「一応、私、折り畳み傘は持ってきたよ」
そう言って、師匠は鞄の中から折り畳み傘を取り出した。青を基調とし、大きい白色のドット柄が描かれたそれは、とてもかわいらしいものだった。大人っぽい師匠が持つには、かなり違和感を感じるほどに。
「……それ、妹さんのだったりします?」
「よく分かったね。どうして?」
「いえ、何となくです」
そんな会話をしていると、頬に冷たい感触。その次は腕に。そして、また頬に。
「雨、降り出しちゃったね」
師匠の言葉に、僕は、先ほどの冷たい感触が雨だったことに気が付いた。
「予報、当たりましたね。傘、持ってきて正解でした」
そう言いながら、僕は、ビニール傘を開き、頭上へ。パツパツと、雨粒の弾ける音が響く。
チラリと師匠の方に視線を向ける。師匠は、手に持った折り畳み傘をじっと見つめながら何かを考えていた。少しずつ強くなる雨が、師匠の体を濡らしていく。
「師匠! 早くそれささないとずぶ濡れになっちゃいますよ」
僕が師匠に向かって叫ぶと、師匠は意を決したように大きく頷いた。そのまま、折り畳み傘を自分の鞄の中にしまうと……
「し、師匠!?」
師匠は、僕の傘の中にスッと潜りこんできた。それはもう、自然な動作で。まるで、毎日同じようなことをやっていたかのように。
「……傘、忘れたから」
「え? で、でも、さっき……」
「忘れたから」
「えっと……」
「ワスレタカラ」
「あ、はい」
師匠の圧に負け、僕は、それ以上言及するのを止めた。
「じゃあ、行こうか」
いつものような穏やかな表情を浮かべる師匠。だが、その頬には赤みが差している。
駅に向かって歩く僕と師匠。その速度は、これまで以上に遅い。
歩くたびに、僕と師匠の肩が少しだけ触れる。普段感じることのない師匠の熱が、僕の肩を通して伝わってくる。とても温かくて、とても優しくて。気を抜いてしまうと、癖になってしまいそう。
「……イメージトレーニングって、大事なんだね」
不意に、師匠がそんなことを呟いた。その頬は、未だに赤い。先ほどよりも、赤みが増しているようにも見える。
「イメージトレーニング……ですか? 一体どんな……」
僕がそう質問すると、師匠は、クスリと微笑みながら、人差し指を自分の唇にそっと当てて答えた。
「秘密だよ」
僕の全身が、ボッと熱を発したような気がした。
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