第40話
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
「文化祭、すごく楽しかったですね」
「そうだね」
僕の言葉に、師匠はコクコクと頷いた。
文化祭の興奮は、今も僕の心の中に顕在だ。高校生になって初めての文化祭。いつもの学校とは似ても似つかない空気感。たくさんの笑い声。思い出すだけで、自然と笑みがこぼれる。
将棋部の出し物である将棋体験コーナーに関しては……うん、来年、頑張ろう。ハハハ。
「でも、師匠のクラスのお化け屋敷に行けなかったのが残念ですね」
「……そんなに行きたかったの?」
「はい。師匠のお化け姿、見たかったです」
「……私は、あまり見られたくなかったけどね」
クラスでの出し物。将棋部での出し物。その二つの仕事を持っていた僕には、師匠のお化け姿を見る時間がなかったのだ。聞くところによると、師匠は、有名なお化けである貞子さんの役だったのだとか。さぞ、様になっていたことだろう。いや、別に、師匠がお化けのようだとかそういうことではなく。
「君、文化祭で何が一番楽しかった?」
師匠が、僕の顔を覗き込みながら尋ねる。その声は、いつもより数割増しで明るい。もしかしたら、師匠も僕と同じように、文化祭の興奮が冷めていないのかもしれない。
「そうですね……」
テクテクと歩みを進めながら考える。先ほどまで絶えず聞こえていた、車道を走る車の音が、少しずつ意識から離れていく。僕の頭にはっきりとあるのは、文化祭での記憶と師匠が隣を歩いているという確信。ただそれだけだった。
一番楽しかったこと。いろんなものを見たし、いろんなものを聞いた。そして、いろんなものを食べた。どれもこれも、楽しかった。でも、僕が、一番楽しいと思えた瞬間は……。
「やっぱり……師匠と一緒に文化祭を見て回ったことですかね」
「……え!?」
僕の隣を歩く師匠から、驚きの声が上がる。その目は、大きく見開かれていた。
「いろいろ楽しいものはありましたけど、一番ってなると、やっぱりそれなんですよね。……あ、もしかして、具体的なものを言った方がよかったですか?」
僕の質問に、師匠は、勢いよく首をブンブンと横に振った。
「だ、大丈夫。と、特にちゃんとした答えが欲しかったってわけじゃないから。でも……そっか。……そっか」
自分の胸に手を当てながら、そんなことを口にする師匠。その顔には、いつの間にか朱が差している。
「いつもいつも、どうして急にそんなこと言うかな、君は。嬉しいけど、心臓に悪いよ」
師匠の呟きは、丁度やってきた大型トラックの大きな音によってかき消され、よく聞こえなかった。
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