第26話

 夏休み。師匠との帰り道。コミュニティーセンターから駅までの道のり。


「師匠、今日はありがとうございました。すごく楽しかったです。また来週も対局お願いしますね」


「……そうだね、また来週」


 そう言って、師匠はいつものような穏やかな表情を浮かべた。


 夏休み中の土曜日。僕たちは、いつもの時間、いつもの場所で将棋をしようと約束している。もうすぐ、僕と先輩が出場する予定の高校生限定の大会もある。そこで少しでもいい成績を出すために、全力で特訓しているのだ。


 師匠と歩幅を合わせながら駅に向かって歩く。僕たちのすぐ横を、自動車が大きな音をたてながら通り過ぎていく。思わず、コホッと咳が出てしまった。


 この辺りは細道だから、車道と歩道の区別が曖昧なのだ。車が通り過ぎる度、車道側に立つ僕に、生暖かくて少々不快な風がフッとかかる。少々埃っぽい。あまり気持ちのいい風ではないが、師匠を車道側に立たせる方がもっと嫌だ。とりあえず、我慢するとしよう。


 そんなことを思いながら歩いていると、師匠が突然「ねえ」と僕に声をかけた。


「師匠、どうかしましたか?」


「君、アイスは好き?」


「へ? まあ、好き……ですけど」


「そっか」


 コクリと頷く師匠。そのまま、何事もなく歩いていく。


 そんな師匠の様子に、僕の頭の中は?マークで埋め尽くされていた。


 細道を抜け、大きな通りに出たところで、師匠は「ちょっと待ってて」と僕に告げ、斜め前に見えるコンビニエンスストアに入っていった。しばらくして、コンビニエンスストアから出てきた師匠は、ビニール袋を手に提げていた。


「ソーダとオレンジ、どっちがいい?」


 袋の中を棒アイスを僕に見せながら、師匠が質問する。


「あ、ありがとうございます。じゃあ、ソーダ味で」


「分かった。はい」


 師匠からアイスを受け取る。袋を開け、かじりつく。ソーダの甘い味と、冷たさが、口いっぱいに広がった。


 チラリと師匠の方を見る。師匠も、僕と同じくアイスにかじりついていた。その顔には、無邪気な笑みが浮かんでいる。


「あの……師匠、お金は……」


「いいよ。これは、私のおごり」


「でも……」


「いいから」


「……はい」


 ガジガジとアイスをかじり続ける。一体、師匠は何を思って僕にアイスをくれたのだろうか。頭の中が、再び?マークで埋め尽くされる。


「……君は、いつもいつも優しすぎるよ。だから、こういうことしたくなっちゃう」


 不意に、師匠が僕に向かってそんな言葉を投げかけた。


「……? 僕、そんなに優しいことしてましたか?」


「……自覚、ないんだね」


「……?」


「……分からないならいいよ」


 僕の目に映ったのは、師匠の呆れたような苦笑いだった。

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