第6.5話

 放課後。将棋部の部室。先輩と二人で将棋中。


「フフフのフ。後輩ちゃんもまだまだだね~」


「うう……」


 中盤戦まではうまく指していたはずだ。まさか、一気に敗勢になってしまうとは。せっかく師匠が特訓してくれたのに……。


「でも、今日はなかなかいい将棋だったよ~。いつもみたいに、中盤戦で消極的になることが少なかったしね~。……何か特訓でもした~?」


 ギクリ!


「……シテナイデスヨ」


 …………


 …………


「師匠ちゃんと特訓したのかな~?」


「……はい」


 どうして僕は、隠し事が苦手なのだろうか。


 僕が肯定すると、先輩はニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「そっか~。師匠ちゃんとね~」


 うんうんと満足そうに頷きながら先輩はそう言った。


「先輩は、師匠のことになるとニヤニヤする癖でもあるんですか?」


 思わず皮肉を言ってしまう。


 だが、そんな皮肉に動じる先輩ではない。


「違うよ~。君たちのことになるとニヤニヤしちゃうんだよ~」


 …………なぜだ。


 そんな会話をしながら、僕たちは二局目の対局を始める。


 狭い部室に、パチリ、パチリと優しい駒音が響く。窓の外からは、吹奏楽部の演奏や生徒たちの笑い声が聞こえてくる。いつも通りの、穏やかな空間。僕にとって、師匠と帰る時間の次に好きな時間。


「……後輩ちゃんはさ~」


 突然、先輩が、神妙な表情で口を開く。


 対局中に先輩が話しかけてくることなどよくあることだが、神妙な表情であることなど稀だ。


「何ですか?」


 少しだけ警戒しながら返事をする。


 そんな僕に、先輩はゆっくりと、確認するように尋ねる。


「後輩ちゃんは、師匠ちゃんのこと、どう思ってるの~?」


「……へ?」


 突拍子もない質問に、思わず間抜けな声が出てしまった。


 じっと僕を見つめる先輩。その目は、真剣そのものだった。僕をからかおうとしているわけではなさそうだ。


 僕が師匠のことをどう思っているか……そんなの……。


「……大切な人だと、思ってますよ」


 ありのままを答える。それ以上の答えなど、僕は持ち合わせていない。


 僕の言葉を聞いて、先輩は、「大切な人……」と噛みしめるように呟いた。


 先輩が何を考えているのかは分からない。だが、そこまで悪い答えではなかったようだ。先輩は、ニコリと優しい微笑みを浮かべた。


「そっか~」


 のほほんとした、穏やかな声。


 先輩の様子を見て、以前の先輩の言葉を思い出す。


『君たちは、一途だなと思ってさ~』


 確か、その時も先輩は……


 先ほど言った皮肉を、少しだけ訂正する必要がある。


 先輩は、師匠のことになると優しく微笑む癖でもあるのだろうか。

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