第7話

 師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。


「お腹すきました……」


 僕の空腹は限界を迎えていた。いつもなら、昼食時に弁当を食べているから、この時間にここまで空腹になることはない。だが、今日の朝、寝坊したせいで、弁当を持ってくるのを忘れてしまったのだ。しかも、今日に限って、財布も忘れてしまい、学食に行くことすらできなかった。誰かにお金を借りることも考えたが、さすがにそこまで仲のいい友達はいない。可能性があるとすれば師匠と先輩だが……まあ、上級生にお金を借りるのはちょっと……。


 どこからかいい匂いが漂ってくる。この匂いはお好み焼きだろうか、それとも、焼きそばだろうか。どちらにせよ、それに刺激されて、さらにお腹がすいてしまう。


「大丈夫?」


 お腹を押さえる僕を、心配そうに見つめる師匠。


「だ、大丈夫……です」


 精一杯の笑顔を作って答える。


 だが、さすがにごまかすことはできなかったらしい。師匠は、心配そうな表情のまま、自分の鞄の中を漁りだした。


 数秒後、師匠は、何かに気が付いたように、「あっ」と小さく呟いた。鞄の側面のチャックを開け、何かを取り出す。


「……チョコレートならあるけど……たべ」「食べたいです!」


 師匠の言葉が終わる前に、思わず挙手をして訴える僕。僕の視線は、師匠が持っている小さなチョコレートに釘付けだ。


「え、えっと……どうぞ」


 少し引き気味にチョコレートを手渡す師匠。


「ありがとうございます!」


 チョコレートを受け取り、その包みを開ける。チョコレート特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「いただきます!」


 チョコレートを口の中に入れる。舌の上でほろりと解けるチョコレート。その甘みと苦みが口いっぱいに広がる。


 空腹がなくなったわけではないが、ほんの少しごまかすことができた。


「師匠、本当にありがとうございます!」


 僕は、師匠に向かって勢いよく頭を下げた。


「そ、そこまで喜んでくれるとは思ってなかったよ……ア、アハハ」


 乾いた笑いを漏らす師匠。


「師匠。何かお礼させてくれませんか?」


「お礼?」


「はい。チョコレートのお礼です」


 さすがに、貰いっぱなしは性に合わない。だから、師匠のために何かできないかと思ったのだ。


 師匠は、少し考えた後、「じゃあ……」と言葉を切り出した。


 一体、師匠はどんなお願いをするのだろうか……。


「もっとたくさん、君と話がしたいかな」


 いつものような穏やかな表情を僕に向ける師匠。


「……えっと……それだけ……ですか?」


 何とも拍子抜けしてしまうお願いだ。思わず聞き返す。


「うん」


 僕の質問に、師匠は、ゆっくりと頷いた。


 その日、僕たちは、いつも以上に話をしながら駅までの道のりを歩いたのだった。

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