第5話
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
「師匠って、走るの速かったんですね」
その言葉に、隣を歩く師匠がちらりと僕を見た。
「……今日の体育、見てたの?」
「はい。僕、窓際の席なので」
「……そう。まあ、中学の時は陸上部だったから」
今日の二時間目、教室の窓から、師匠のクラスが短距離走をしているのが見えた。師匠は、一緒に走っていた他の女生徒とかなりの差をつけ、ゴールしていた。
思わず小さな拍手をしてしまい、先生に、「何してるの」と睨まれたことは内緒である。
「あれだけ早かったら、体育祭のリレーメンバーに選ばれたりするんですかね」
僕たちの学校では、体育祭の種目の一つとして、クラス対抗のリレーがある。あれだけ足の速い師匠なら、メンバーに選ばれる可能性は高いだろう。
「どうかな。……ちなみに、もし私がメンバーに選ばれたら、応援してくれる?」
僕の顔を、覗き込むように見る師匠。その顔は、何かを期待しているように見えた。
「もちろんですよ! 『師匠、頑張れー』って叫びます!」
僕は、自分の拳を高く振り上げて応援の真似をする。
そんな僕を見て、師匠は、「何それ」と言いながらクスクスと笑っていた。
駅がすぐそこに見えてきた。同時に、駅に向かう多くの人々が目に入る。学生、サラリーマン、老人、親子連れ。いつもと何も変わらない、日常の光景。
「でも、そうなると、たくさんの人の前で、私のこと『師匠』って言うことになるけど、いいのかな?」
いつものような穏やかな表情で僕に尋ねる師匠。
確かに、多くの人が集まる体育祭で、『師匠』という言葉を大声で発してしまったなら、悪目立ちすることは間違いないだろう。『師匠』ではなく、『先輩』と呼んだ方がいいのかもしれない。でも……。
「まあ、少し恥ずかしいですけど、他の人とは違って特別って感じがしますし、いいかなって思うんです」
僕たちの関係は、ただの先輩と後輩ではない。だからこそ、変にごまかすことはしたくないのだ。
僕の言葉に、師匠は目を丸くする。少しの無言の後、フッと息を吐いた。
「君はまた平気でそんなことを……もう慣れちゃったけど」
あきれたような、でも、嬉しそうな。そんな、微妙な表情を浮かべる師匠。
「でも、もし師匠が嫌なら、『先輩』呼びでも」「『師匠』呼びで」
「え?」
「そのまま、『師匠』呼びで」
「あ、はい」
なぜだろう。穏やかな口調なのに、師匠の言葉からは逆らい難い圧力を感じてしまう。
駅の入り口で師匠と別れた後も、その疑問は頭の中を駆け巡っていた。
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