第3.5話

 放課後。将棋部の部室。先輩と二人で将棋中。


「ねえ、後輩ちゃん。師匠ちゃんとは最近どう~?」


 のほほんとした声が、狭い部室に響く。


 ちらりと将棋盤の向こうを見ると、先輩が、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「どうって……ずいぶんアバウトですね」


 駒を盤上に打ち下ろしながら答える僕。


 どうと聞かれても、何を答えればいいのか分からない。


「ん~、例えばね~……何か面白いことは起こってないのかな~とか」


「面白いことって……何も起こってないですよ」


 師匠とは、ただ毎日一緒に帰っているだけだというのに……。この人は何を期待しているのだろうか。


「いやいや、絶対何か起こってるって~。ここ最近だと、どんなことがあったの~?」


 なかなか諦めようとはしない先輩。


 まあ、どんなことがあったかが分かれば、先輩も分かってくれるだろう。面白いことなんて何にもないって。


 そう思い、僕は先輩に、ここ最近の師匠とのやり取りを説明した。


 だが、僕の思いとは裏腹に、先輩のニヤニヤは全く止まらない。それどころか、さらにニヤニヤが増していく。仕舞いには、僕たちのやり取りの細かい部分まで質問してくるようになってしまった。


「ごちそうさま~。面白かった~」


 説明が一段落すると、先輩は僕に向かって手を合わせた。


「……そんなに面白かったですか?」


「もちろんだよ~」


 親指をぐっと上に立てて僕に向ける先輩。心なしか、その肌は先ほどよりもつやつやしているように見えた。


「……まあ、楽しんでもらえたなら何よりです。それより、次、先輩の手番ですよ」


「あ、忘れてた~」


 そう言って、盤上に目を向ける先輩。数十秒考えた後、パチリと次の手を指す。


「確か、後輩ちゃんって、師匠ちゃんと初めて会った日から、ずっと師匠ちゃんのこと『師匠』って呼んでるんだよね~?」


 将棋が再開されたと思ったら、再び先輩が僕に質問してきた。まあ、こんなことはよくあることだ。


「そうですけど……」


「いや~、後輩ちゃんは一途だな~」


 僕が答えると、先輩は、腕を組んでうんうんと頷きながらそう言った。


 一途……なんだろうか。師匠のことをずっと『師匠』と呼んでいるという意味では、一途と言えるのかもしれない。ただ、一途って、恋愛的な言葉だと思っていたのだけれど……。


 そんなことを考えていると、突然、先輩が、「いや、違うな~」と声を漏らした。


「違うって、何がですか?」


 不思議に思い、聞いてみる。


 先輩は、ニコリと微笑む。先ほどのニヤニヤ顔とは違う、とても優しい笑みだった。


「君たちは、一途だなと思ってさ~」

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