第3話

 師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。


「師匠、電車の時間は大丈夫ですか?」


 僕の言葉に、師匠は自分の腕時計を確認する。


「大丈夫。まだ時間あるよ」


 いつものような穏やかな表情で僕を見る師匠。


 いつだっただろうか。僕が先輩との対局に熱中しすぎて、いつも以上に師匠を待たせてしまったことがある。そのせいで、師匠は電車を乗り損なってしまった。その時は、次の電車が来るまでの三十分間、ずっと駅の外で師匠と会話をしていた。師匠は「たくさん話せて楽しかったよ」と言ってくれたが、迷惑だったに違いない。


 ゆっくりと歩く師匠と僕。自転車に乗った学生が、僕たちの横をすっと通り抜けていく。


「君は、自転車登校はしないのかな?」


 ちらりと僕を見て尋ねる師匠。


 僕の家は、学校から一キロ弱離れたところにある。自転車登校をしてもおかしくはない距離だ。事実、自転車を使おうか考えたこともある。だが……。


「まあ、考えたこともありますけど、結局、邪魔になっちゃいますし」


「……邪魔?」


「はい。師匠の隣を歩く時に」


 自転車を押しながら歩くと、障害物を避けようとしたり、自転車が倒れないようにしたりと、そちらの方に意識が向いてしまう。せっかく師匠と一緒に帰っているのに、そんなのもったいないじゃないか。


 僕の答えに、師匠は、一瞬驚いた顔をした後、くるりと僕に背を向けてしまった。


「そ、そう」


 背中越しにそう言って、師匠はピクリとも動かなくなった。まるで、対局中、頭の中で必死に次の手を考えている時の師匠のようだ。


 師匠の背中をじっと見つめる。師匠は今、何を見ているのだろうか。何を考えているのだろうか。知りたいのに、知ることはできない。僕は、師匠のように鋭い人間ではないのだから。


 僕たちの傍を通る一人のサラリーマン。彼は、僕たちの方をちらりと見て、不思議そうな顔を浮かべる。だが、そのまま、何をするでもなく、足早に過ぎ去っていった。


 それが合図であったかのように、師匠は自分の腕時計を確認するような動作をした。


「あ、そ、そろそろ行かないと、時間が……」


 そう言って、足早に歩き出す師匠。僕を置いて、先へ先へと進んでしまう。


「え! もうですか?」


 そんなに時間が経っていたのだろうか。まあ、師匠が言うのなら間違いないのだろうけど……。


 先を歩く師匠に追いつき、その隣を、同じ速度で歩く。


「師匠、腕時計を付けてない自分が言うのもなんですが、さっき、時間を確認した時から、あんまり時間は経ってないと思うんですが……」


「た、経ってるから」


 師匠の歩く速度が、さらに速くなった気がした。

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