聖王国

 そこは、真っ暗な場所だった。

 その真っ暗な空間で、シクシクと泣き続ける女の子。


 聖女。

 だが、幼いころの姿になっていた。

 15歳の成人の儀のころ。


 少女の頃は、おとぎ話に夢中だった。

 いつか、王子様が迎えに来てくれる。

 いつか、勇者様が救いに来てくれる。

 そういった、おとぎ話。


 いつか、誰かが迎えに来てくれて私を幸せにしてくれる。


 だから、成人の儀の時に聖女の称号があると聞いた時は胸がときめいたものだ。


 でも、王都に来てそのあこがれは粉々に砕け散った。


 まるで、獣のような勇者。

 怒鳴って無理ばかり言ってくる国王。

 しかも、あきらかに倫理的に問題のあることを命令してくることも多かった。


 勇者に襲われそうになったことも何度もあった。


 でも、だれも助けてくれなかった。


 こんなことなら聖女になりたくなかった。

 誰か・・助けてよ。

 誰か・・・私を迎えに来て、助け出してくれる人はいないの?


 この真っ暗な空間。

 きっと誰も来ない。







 その時。その真っ暗な空間に、一条の真っ白な光が差しんだ。


 まるで、空間を縦に切り裂いて隙間が開いたようになっている。

 そこから・・・小柄な少年が入って来た。

 白い光をまとったその姿は、神々しかった。


「聖女様。迎えに来ましたよ」

 にっこりと笑った、賢者。

 今は、勇者の称号も持っている少年。


「あ・・・・どうして・・・」

「もう、全て終わりましたよ。もう誰も、あなたを傷つける人はいません

 すべて終わったんです。だから、僕が迎えに来ました」


 そう言って、手を差し伸べてくる。

 聖女は、差し出された手を見つめた。


「さぁ。みんな、聖女様のことを待っていますよ」


 聖女は、おずおずとその手をつかんだ。

 賢者は、聖女が立ち上がるのを手伝った。

 そして、肩を抱いて支えてくれた。


「ちょっと、戻る前に寄り道をしましょうか」


 手に持っている、小さな鎌で黒い空間を横に切り裂いた。

 その切り裂いた部分から、光があふれて・・・・

 まぶしくて、聖女は目を閉じてしまった。


「目を開けても、大丈夫ですよ」


 聖女が目を開けると、そこは丘の上だった。

 ポプラの木の木陰。

 丘の上から見えるのは、一面の紫色の花畑。

 どこまでも続いている。

 とても美しい景色。


「ここは・・・?」

「フラノのラベンダー畑ですよ。美しいでしょう?」


 本当に・・・美しい。


「世界は、こんなにも綺麗なんですよ。だから、閉じこもっているなんてもったいないですよ」

「は・・はい」


 聖女の方を抱いて、体を支えてくれる賢者。

 優しく微笑む顔。

 その顔を見上げて、聖女は思った。


 この人こそ、本当の勇者。

 私を迎えに来てくれた・・・勇者様。


「さぁ。戻りましょうか」

 賢者は、再び鎌を振るった。





 聖女が目を開けると、そこは王城だった。

 賢者の顔が見える。とても近い。


 思わず、頬が赤くなる。


 その時、自分の状態に気が付いた。

 賢者に、お姫様抱っこをされて運ばれている。

 農業で鍛えられているのだろう。

 小柄な少年と思っていたのに、意外に筋肉質。


 お姫様抱っこなんて、生れて初めてである。

 とても、恥ずかしい状況。

 だけど、聖女は・・・

 この人だったらいいか・・・と思っていた。


 胸がキュンと締め付けられる。


 どこに連れて行ってくれるんだろう・・・?

 聖女は賢者の胸に身を預けて思った。



 賢者は、聖女を謁見の間を進んでいく。

 話し合う貴族たちの横を通る。

 貴族たちは、話し合うのを中断して聖女を見つめた。



 賢者は聖女を抱いて進んでいき・・・








 ポイッ

 と放り投げた。





 ドサッ!!と尻もちをついた聖女。






「きゃあ!! な・・何するのよ!!」

 あまりの扱いに、顔を真っ赤にして賢者に怒鳴りつける。



 その聖女ににっこりと笑いかける賢者。


 賢者の称号が告げる。

『名案です』


 魔王も、ニヤニヤ笑って嬉しそうに言う。

「なるほどのぅ。その手があったか」


 謁見の間は、シンと静まり返っていた。

 聖女は、異様な雰囲気にゆっくりと周りを見た。



 貴族たちは一人・・また一人と・・膝をついていく。

 やがて、皆ひざまずき、首を垂れた。


 賢者が、大きい声で叫んだ。


「見よ! 聖女様が玉座につかれた!! 国の危機に、率先して立ち上がってくくださったのだ!」


「「ははっ!!」」

「え!? 何!?なんなの?」



 聖女はキョロキョロと周りを見る。

 玉座に座って。



「聖女様。この伯爵、誠に感服いたしました。聖女様の元、全力で尽くさせていただきます!!」

「もはや、ここを王国ではなく聖女様の国・・・聖王国と改めるのはどうだろう?」「おう!それは、すばらしい!」



「え?え? 何?何?」


 どこからともなく、叫び声が上がった。

「聖女様、バンザーイ! 聖王国バンザーイ!」


 その声は、王城の外にも聞こえたのだろう。

 王城の外からも歓声が響いてきた。

「「聖女様、バンザーイ!! 聖王国バンザーイ!!」」



 聖女は、状況が全く理解できないまま、きょろきょろと周りを見て慌てている。


「え? え?なんなの?

 私、聞いてない!! いったい何なのよ~~~!!」



 その混乱の中、魔王は伯爵とこそこそと話している。

「誠にめでたいのじゃ。あの聖女が国王になっている間は、同盟を結んでも良いぞ。

 どうじゃ?」

「それは、誠に心強い。ぜひ、その方向で進めさせていただきたい」




 賢者は、にこやかな笑顔で将軍のほうに歩いて行った。

 そして、賢者は将軍と魔王の配下たちと一緒に、静かに謁見の間から出て行った。


「誰か、状況を説明してよ~~~!」

 聖女の叫びは、歓声にかき消されて誰も聞いていなかった。

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