第2部 暗殺部隊から逃げ回る

第2部 プロローグ 勇者堕つ

 王城の外から、民衆の歓声が聞こえる。

「聖女様、バンザーイ」

 いつまでも続く歓声を聞きながら、国王は歯ぎしりをしていた。


「くそう・・・魔王を勇者に倒させて、北海道を征服する予定だったのに・・・」


 あの広大な土地を我が物とすれば、ますます自分の懐に金が入ってくる。

 国王は、自分勝手にそう計画していたのだ。


「・・・聖女め。勝手なことをしやがって・・・」


 聖女を叱責したい。しかし、聖女は伯爵や民衆を味方につけている。

 表立って、処罰するのは今は都合が悪い。


 ドタドタドタ・・・大きな足音を立てて玉座の前にやってきた一人の人物。


 勇者だ。


「おぉ・・・勇者よ。よく来てくれた。今から、おまえに密命を下す」


 勇者は首をかしげた。


「密かに魔王領に潜入し、魔王を暗殺してこい。これは命令だ」


 勇者は、反対側に首をかしげた。


「ええい、もし魔王を殺してきたら聖女をお前にやる。結婚させてやろう。それならどうだ!」


 サラサラと、その旨を紙に書き、勇者に渡す。

 勇者はそれを見て、ニタァと笑った。

 口からよだれが溢れて、ダラダラと床に落ちる。股間が大きく膨らんでいる。


「わかったら、早く行って魔王を殺してこい!」


「うほっ!!」

 勇者は雄叫びを上げて、王城から駆け出して行った。




「なに? 勇者が魔王領に向かってくるだと?」

「はい。信じられないのですが、海峡を泳いで渡ってきています」


 将軍は部下の報告に冷静に聞いていた。


「それで、あとどれ位で到着する?」

「すごい勢いですので、あと30分ほどです」

「それならば、急がねばなるまい。総員戦闘態勢に入れ」


 王国と和平条約を締結したとはいえ、勇者だけは話は別だ。

 勇者の称号を持つものだけが、魔王を殺せる、世界で唯一の存在である。

 勇者を魔王に決して近づけてはならない。


 将軍とゴリョーカクにいる兵士全員が海岸に集結した。

 沖の方から、すごい水しぶきを上げて向かってくる・・・あれは生き物?


「なんだ? あれは本当に人間か?」


 やがて、その物体は浅瀬に上がってきた。

 飛び出た額。くぼんだ目。後退して頭頂部に張り付いている薄い髪。


 ”本当に人間なんだろうか?”

 近くで見ても、将軍には信じられなかった。同じ男でも、賢者と勇者では違う生き物かというくらいに異なっている。


 そして、海から上がってきた勇者は・・・全裸であった。


 将軍は、大勢の兵士たちをバックに勇者に大きな声で問いただした。

「勇者よ、何の用でこの国に来た! 今ならば見逃してやる。即刻、帰るのだ!」


 すると、勇者は将軍を見てニタア・・。と笑った。


「オンナ・・・」

「?」

 勇者は、だらだらと涎を流した。

 両手を大きく上げて、走ってきた。


 その股間には、赤黒く巨大な物体が天を向いてそそり勃っていた。ぬらぬらと濡れて光っている。

 将軍に向かって、まっすぐに走ってくる。


「ヤラセロ〜〜!!」

 大声で吠える勇者。


 将軍は、魂の奥底から吹き出した恐怖に我を忘れた。


「きゃぁああああ〜〜〜!!」


 普段冷静な将軍が、取り乱して勇者に背を向けて全速力で逃げ出した。

 ”・・・・ヤラれる!!”


 頭の片隅に、賢者の笑顔が浮かぶ。

 いやだ・・・絶対に嫌だ・・・


 悲鳴を上げながら、将軍は剣戟を放った。勇者はかわそうともせず剣戟を受ける。

 体に剣を受けても、裸の勇者はまったく気にしていないようである。


「ひいぃ・・・・・・いや・・いやああああああ!!」


 パニックに陥った将軍は、決して使ってはいけないとされている秘奥義を全力で勇者に放ってしまった。


 奥義 虚空斬


 敵を空間ごと切り裂く技。しかしながら、ひとつ間違えば時空そのものを切り裂いてしまう技であるため、決して使用してはならないとされている秘奥義であった。

 それを勇者に全力で放ってしまった。


 勇者は、切り裂かれて胸から下が分離した体が離れていくのを、信じられないといった顔で見た。心臓も2つに切断された。

 勇者は、意識がなくなり・・・死んだ。

 その遺体は、切り裂かれた時空の彼方に吸い込まれていき消えていった。



「すごい・・」

「おい・・・あれを見ろよ。ハコダテ山が消失している・・・」


 ようやく将軍に追いついた兵士たちが見たのは・・・

 砂浜に座り込んで、涙を流している将軍。


 そして、地形がすっかり変わってしまったハコダテの風景であった。

 ちなみに、アオーモリのシモキタまでもが切り裂かれてしまったとのことだ。





「なんてことしてくれちゃったのよ! 和平条約を結んだのに反故にするつもり?」


 知らせを受けて、魔王城に飛んできた聖女。

 魔王に向かって、大声でクレームをつける。


「何を言うのじゃ。攻めてきたのはお前のところの勇者のほうじゃないか。こちらが文句を言う方じゃ」


 玉座に座って、めんどくさそうに応対する魔王。


「だいたい、あの勇者はなんなのじゃ。公衆の面前で婦女暴行をするなんて。今回のは、明らかに正当防衛じゃ」

「そ・・・それは、そうかもしれないけれど・・・」

「とにかく、これは事故なのじゃ。そう処理したほうがお互い賢いというものじゃ」

「むう・・・国王がそれで納得すればいいのだけれど・・・」

 ふくれっ面の聖女。


「ところで・・・アレは何なの?」


 聖女が指摘したのは、隅っこの物陰。

 将軍が壁に向かって体育座りの状態で、ぶつぶつと何かを呟いてうずくまっていた。


「・・・オタクのところの勇者がトラウマになってしまったのじゃ。しばらく静養させないとなるまい。賠償請求したいくらいじゃ」

「うう・・・ごめんなさい」


 聞こえてくる、小さな呟き声。


「・・・賢者ぁ・・・早く帰ってきて・・賢者ぁ・・・」

 その手には、空になったプリンの容器が握られている。


 聖女は魔王に聞いた。


「こんな時に・・・賢者はどこなのよ?」

「それがな。たまたま、トマトの苗を確保するために実家に戻っているのじゃ。まったく、タイミングが悪くてのぉ・・・」

「何よそれ、早く連れ戻さないと」

「うむ、迎えを出したところじゃ」


「ところで・・・」

 聖女は、魔王に近づいていき、小声で囁いた。

「今から言うことは、王国の公式な見解ではなく個人的な話よ。記録にも残さないで」

「なんじゃ?改まって」


 聖女はにっこり笑って言った。


「あのケダモノを退治してくれて、本当にありがとう」


 かつて見たことがないくらいの、清々しい笑顔。

 心の底から、嬉しそうであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る