ア・キタ

  ア・キタの山奥にあるタザワ湖よりさらに山奥に分け入ったところ。

 そこに、乳アタマ温泉郷がある。


 そして、この宿は乳アタマ温泉郷でも、一番の山奥の一軒宿。

 見回す限り、山しかない。

 残念ながら、畑もなく、農業もできない。


 仕方がないので、温泉旅館を手伝いながら、この山奥で身を隠すことにしたのだ。


「煮物あがりました、焼き魚ももうすぐ出ます」

『煮方スキルがMAXになりました』『焼き方スキルMAXになりました』


 僕はここでも、何故か厨房に入っている。

 おかしいなぁ・・・最初は客室係って話だったのに。


「そろそろ、締めの蕎麦よろしく!」

「了解しました」


 手打ち蕎麦を茹で始める。僕が打った蕎麦だ。

『そば職人レベルがアップしました』


 農家のスキルを伸ばしたいんだけどなぁ。

 なぜか、料理のスキルばかり獲得していく。

 まぁ、最近はお菓子作りのスキルはあまり上がらないけど。

『伝説のパティシエスキルがMAXになったため、あとは和菓子職人スキルのみとなります』

 あ、そういうことだったんだ。

 どうせなら、農業のスキルがMAXになればいいのになぁ。

『摘心スキルはMAXです』

 うん、地味だね。



 仕事が終わって、夜。

 山奥なので、真っ暗だ。



 僕は仕事の疲れを癒やすため、露天風呂に来た。

 まぁ小さい旅館なので、お客さんが少ないので、そこまで忙しくはないんだけど。


「ふう・・」


 乳白色のにごり湯。

 温泉に入っているのは僕一人だけ。

 お客さんは、もう寝静まっているのだろう。


 その時・・・脱衣所から誰かが入ってきた。


 白い肌・・・女性だ。


 僕は、そちらの方を見ないように・・・あれ?

 あの大きさは・・・



 やばい

 聖女様だ。


 慌てて、背を向け、認識阻害スキルを発動する。

『認識阻害スキルがレベルアップしました』


 お互い、黙って湯船に使っている。

 このまま、早く出ていってくれないかなぁ・・・


 そう思っていたのに。


「あの・・・」


 まさか、聖女様から声をかけてくるとは!!


「は・・・はい?」


「もしかして、以前会ったことはありませんか?」

「え・・・? ありませんよ? 人違いではないでしょうか?」


 認識阻害スキルで、声もかわっているはずだ。

 バレはしないだろう。


 そう思っていると、聖女様がお湯の中を移動している。

 僕の横に回り込んで、顔を見ようとしているらしい。


「あの・・・何をなさっているんでしょうか?」

「顔が・・・湯気で見えない・・・」


 スキルのおかげで、湯気で見えないことになっているらしい。


「あの、恥ずかしいのですが・・・」


 ここは覚悟を決めて先に出るか・・・

 そう思っていると、聖女様が指摘した。


「こんなに近いのに湯気で顔が見えないなんて・・・認識阻害スキルね!」

「え!?なんで・・・」

「私にも突破できないくらい強力なスキル・・・あなた、賢者様でしょ!!」


 あ、バレた。


「ちょっと、どういうこと!? なんで逃げ回るのよ! 今度こそ捕まえたんだから!」


 そう、叫びながら、こちらにやってくる。


「せ・・・聖女様!? 」


 僕は、これほど慌てたことは今までないってくらい、慌てた。


「み・・・見えてます!見えてますって!」

「何がよ!」


「乳アタマが・・・」


 すると・・・その場に聖女様が立ち止まり、自分の状況を見て・・・

 真っ赤になって、悲鳴を上げた。


「きゃあぁぁぁぁ」

 大きな声だ。

 認識阻害スキルのおかげで、周りには聞こえないだろうけど・・・ 


 おっぱいを手で隠して(大きすぎて隠しきれていないけど)座り込み、湯船に肩まで浸かる聖女様。


 真っ赤になって、ブルブル震えている。


 やがて、ボソッと言った。


「見たわね・・」

「ミテマセンヨ?」

「うそ! 絶対に見た!」

「ユゲデミエマセンデシタ」

「うそよ!」


 真っ赤になって、うつむく聖女様。


「責任取って」

「えぇ・・・!?」

「ちゃんと責任取ってよ」


 理不尽。


 自分から見せたくせに・・・


「イエ、ミテマセンカラ」


 僕は、慌てて湯船から出て逃げ出した。


「あ!!待て!!待ちなさい!!」


 聖女様は叫んでいるけど、湯船からは出てこない。

 いま出たら、また見られちゃうからね。


「待てーーーー!!」

 叫ぶ声を聞きながら、脱衣所で着替えて僕は逃げた。


 


 えぐえぐと泣きながら、聖女様は客室に戻ってきた。

 そこには魔法使いがいる。

「聖女様、ど・・どうしたんですか?」

「賢者様がいたの・・」

「え?どこにいたんですか?」


「見られた・・・」

「え?」

「裸を見られた・・・もう、お嫁に行けない・・」


 魔法使いは呆れた。

 見られたくなければ、混浴風呂に行かなきゃいいのに・・・


「それで、賢者様は?」

「逃げた・・・北の方に」

「北ですか・・・」


 ここから北の方というと、もう・・。限られている。


「それにしても、取り巻きたち全員いなくなっちゃいましたねー」

「みんな、家族のもとに帰りたいって言うから・・・」


 聖女様のわがままに振り回されて、逃げ帰ったということもあるのだが・・・


「でもまぁ、仕方がないから二人で賢者様を追いかけましょうか」

「うん・・・」


 聖女様は頷いて、旅の支度を始めた。

 賢者の後を追うために。

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