イワーテ

 牧場の朝は早い。


 牛たちの食事を用意してまわる。

 食事の後は、乳しぼりだ。


 一頭ずつ、搾乳していく。

『乳しぼりスキルがレベルアップしました』

『乳しぼりスキルがMAXになりました』


 乳しぼりが終わった後、牧場に放牧する。

 そのあと、厩舎の掃除と消毒。


 子牛たちにもご飯をあげる。


 その後、ようやく人間たちの朝ごはんだ。


「どうだっぺ?牧場の生活にも慣れてきたべか?」

「はい、なんとか。僕は農家の出なんですが、牧場って大変ですね」

「そりゃそうだ。牛たちの命を預かってるんだからな」


 ここはイワーテの牧場。シズク―イシの近くだ。

 この牧場は、とても規模が大きい。

 たくさんの乳牛たちを飼っている。


 牧場は、牛たちの世話があるので、24時間休みがない。

 もちろん、交代制ではあるのだが。

 僕の目指す、スローライフとは少し違う・・・


 でも、子牛のつぶらな瞳を見ると癒されるんだよなぁ。


 午後は、牧草の刈り取りと貯蔵。

 冬に向けて、もう蓄えておくんだそうだ。


 長期間保存したら腐るんじゃないかと心配したら、牧草は発酵させることで良質な飼料になるそうだ。


 夕方、牛たちを厩舎に呼び寄せる。


 のんびりと、でもいう事を聞いて厩舎に向かって歩いてくる牛たち。

 ある牛が、じっと僕の方を見てきた。


『牛が仲間になりたそうにこちらを見ています』

『仲間にしますか?』


 いや、牧場主さんに怒られるから駄目だよ。

『ちっ』



「おう、そろそろ交代だ。お疲れさん」

「お疲れさまでした~!」


 結構疲れた。

 かなり汗もかいたしな。お風呂に入りたい。


 今日は、そうだな。まだ明るいからあそこに行こう。


 僕は、山の上の方に向かって歩いていく。

 道端には青い花。竜胆が咲いている。ここ、イワーテで有名な花だ。


 山の上の温泉宿の脇から山道を登っていく。

 やがて見えてくる。森の中に突然現れる小さな小屋。


 森の中の温泉があるのだ。



 体の汗を洗い流してから、温泉につかる。


「ふぅ~」


 森の中の静かな温泉。

 気持ちがいい。


 そろそろ夕暮れ時。

 だんだんと薄暗くなってくる。


 すると脱衣所から人の声がしてきた。

 誰か、温泉に入りに来たらしい。


「聖女様、ここは混浴なんですよ。ほんとにいいんですか?」

「だって、って名前の温泉なのよ。入るしかないじゃない」


”ここは聖女の湯では無く、です!!”

 思わず、つっ込みそうになりながらこらえる。


「温泉出たら、あとで牧場に行ってミルクをもらいましょうよ」

「あ、いいわね~」


 なんで、このタイミングでここに現れるの?

 逃げなきゃ!!


『逃げ足の上位スキル、瞬歩を獲得しました』

『瞬歩を使いますか?』


 使います!


『短距離ですが、瞬間移動することができます』


 聖女様たちが入ってくる寸前。

 僕は、素っ裸のまま、瞬歩を使って温泉から逃げ出した。

 認識阻害を使っているから、多分人には気づかれることはないけど・・恥ずかしい。

 牧場の自分の部屋に、なんとかこっそり戻り、着替えた。


 窓の外をそーっと見ると、聖女と魔法使いと取り巻きが歩いてくるのが見えた。


 あれ?取り巻きの人数がかなり減ってる気がする。

 前は十数人いた取り巻きが、3~4人くらいにまで減っている。

 どうしたんだろう。


 魔法使いが、きょろきょろとあたりを見てる。

 やがて、こっちの方をジーっと見てきた。

 僕に気づいてる?

 魔法使いは聖女様に、何か話している。


 僕はあわてて窓から離れて、裏口の方に向かった。


 もう、ここ以上の山奥にでも逃げるしかないか・・・


 僕は、瞬歩を使って牧場を出た。

 そして認識阻害と逃げ足スキルを使って険しい峠道を越えて行った。

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