守るべき想い

 ご主人からの加護を受け取り、私は覚悟を決めた。


 消滅の力……この力を今から私はチュール様に使うのだ。

 ステータス画面を見て、改めてそれを実感する。


 これは私にしか出来ない事だ。

 私がやらなければ、チュール様は魔王に身体を乗っ取られ、世界を滅ぼそうとするだろう。

 それこそチュール様の望む事ではない。


 長きに渡り、苦しんでこられたのだ。

 私の手で解放しよう。



 私はチュール様へ敬意を表し、神獣フェンリルの姿に戻った。


(どうか覚えていてください。あなた様を手にかける不敬な私を)


 私はチュール様の元へ一歩ずつ進み出る。チュール様の傍まで来ると、跪き、頭を下げた。


「チュール様、私はあなた様の事を心から尊敬しております。あなた様の想いは必ず引き継ぎます。どうか安らかな眠りを」


 私はチュール様の右手を取り、そっと口付けた。



(チュール様、ありがとうございました……)




 私は消滅の力を発動しようと力を込めた。







 と、その時。



 ドカッ! バタン!!



「おい、ここで合ってるか?」

「えっ?」


 突如会議室のドアが壊され、男が乱入してきた。


「えっ!? あなたは……スルト!? と、リオン!? 何をやっているんですか!」

「ああ? 呼ばれたからだよ、お前んとこ

の神に」

「だからといって戸を壊す必要はなかったと思うが」


 私がご主人の方を見ると、ご主人は「あ、やっと来た! こっちこっちー!」と呑気にスルトとリオンに手を振っている。


「へっ? あのご主人、これはどういう事ですか?」


 というか、さっきまでのあの涙は?


「説明は後。本当にチュール様そろそろ限界だから。じゃスルト、よろしくね」

「上手くいかなくても文句言うなよ」


 スルトはチュール様の頭をガッシリ掴むと、呪文を唱えた。


「我が名はスルト。汝チュールに我の加護を与える」



 すると、チュール様の身体は光り輝き、やがて収まった。



「加護!? 今加護って言いましたか!?」

「言ったぞ」

「あなたいつから神になったんですか!?」

「俺が神な訳あるか。ついさっき自由の身になったばかりだぞ。職業なんてそんなすぐ決まるかよ」

「いやいや、神でないならなぜ加護を与えられるんですか!」


 加護は神にしか扱う事の出来ない力。たとえ魔王であろうとそれは叶わないというのに、魔王ですらなくなったスルトがなぜ加護を扱えるのだ。

 神でなくても出来るのなら、とっくに私がやっている。


「だから上手くいったかわからないって言ってるだろうが。そこのチュールって神にステータスを確認させろ」

「……う、はい。あの……チュール様、大変申し訳ないのですが、ステータスを確認していただけないでしょうか」


 チュール様は息を切らしながら静かに頷くと、自身のステータスを確認した。


「!! な……スルトの……加護!? ゲホッゴホッ」


 チュール様は驚いて思わず声を上げる。


「上手くいったみたいだな。じゃあもう1ついくぞ」


 スルトは平然とまたチュール様の頭を掴む。掴んだ手からは光が放たれ、チュール様の身体を包み込み、やがて落ち着いた。


「終わったぞ」


 スルトは淡々と言うと、チュール様の頭から手を離した。


「……あの? 今のは何を? チュール様? 大丈夫ですか?」

「…………身体が……軽くなった」


 チュール様は自身の身体の変化に驚いている。

 言われてみれば、あんなに苦しそうにしていたのに、さっきまでのが嘘のように今は息一つ乱れていない。顔色も良い。


「そりゃそうだろ。お前の中の魔王はいなくなったんだから」

「魔王がいなくなった!? どういう事ですか!?」

「ああーごちゃごちゃうるせえな。神、お前が話せ。お前が言い始めた事だろ」


 ご主人はにっこり笑い、スルトに「お疲れ様」と言うと、私達にもわかるように説明してくれた。


「スルトはチュール様に復讐の力を使ったの。復讐の力は、誰かから受けた魔法を一度だけ自分の力として使う事が出来る力。私はスルトに"加護"と"運命の力"を使った。だからその効果によって、スルトは一度だけそれらが使えたの」


 「復讐の力で復讐相手を助けるなんて、皮肉な話だけどな」とスルトは自虐的に笑う。


「まぁ神が『結婚してあげるから私のお願いを聞いて』って泣きつくから仕方なく聞いてやっただけだ」

「結婚!? ご主人そんな約束したんですか!?」

「グレイ。嘘に決まってるでしょ。スルトの言う事をまともに聞かない事」


 …………失礼いたしました。

 いや、スルトもこんな状況でからかわないで欲しい。


「スルトにはね、『私やチュール様の事を許せなくてもいいから、チュール様の中の魔王の魂と、その魂を救おうとしたチュール様の想いを守って欲しい』って伝えたのよ。リオンを通じてね」


 ご主人は「リオン、ありがとね」と付け加える。


「いや、役に立てたようでよかった」


 どうやらリオンはご主人からスルトへの言伝を頼まれ、家に戻ったばかりだというのに、急いで魔法陣で魔王城へ行き、スルトを天界まで連れてきてくれたらしい。


 天界へ行くには、飛行の魔法かテレポートが不可欠。スルトはああ見えて飛行の魔法が使えないので、飛行の魔法が使えるリオンに頼む必要があったようだ。


 もちろん他にも飛行の魔法が使えるあの方を忘れた訳ではないが、あの方の場合出会ったそばから「孫娘はやらん!!」と大喧嘩になりそうなので、おそらく候補に上がる前に却下になったのだろう。


「運命の力で、魔王の魂はただの魂になりました。その魂がチュール様の中でもう少し大きくなったら、この世に神の子として生を受け、チュール様の手で大切に育ててください」

「我が…………我の手で……育てていいのか……」

「当たり前じゃないですか。あなたが守り抜いた命です。最後まで責任持って守ってください」


 チュール様がスルトの方を見ると、スルトは澄ました顔で頷いた。


「あぁ……ありがとう……ありがとう……」



 チュール様は涙を流しながら、何度も何度もそう繰り返した。

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