神の反撃

「貴様!! 何をした!!」


 ご主人は一歩前に進み出ると、魔王を見上げ、挑発するように言う。


「知りたい?」

「はっ。この俺を挑発するつもりか? こんな事くらいでこの俺が動じると思うか」

「あら、その割に身体は震えているようだけど、大丈夫?」

「……っ」


 魔王はご主人からの思わぬ"仕返し"を受け、眉間に皺を寄せる。

 ご主人はさらに魔王を挑発するように不敵に笑った。


「魔王スルト、あなたがどれだけ強大な力を持っていようとも、私がいる限りこの世界に手出しは出来ない」

「何だと?」

「まだ信じられないって顔ね。そんなに信じられないなら、自分のステータスを見てみればわかるわ」


 ステータス……?


 魔王は言われた通りにするのが悔しいのか、ご主人を鋭い目で睨みつけた。

 だが、実際なぜこのような状況になっているのか、その理由は気になるのだろう。

 魔王は小さく舌打ちをすると、自身のステータスを開いた。


「!?」


 魔王はステータスを見るなり、驚きで目を見開く。

 ご主人はその反応を見て、待ってましたとばかりにニヤリと笑った。


「そう、私はあなたに加護を与えたの。だから、あなたは私が望まない事は何一つ出来ない」

「何だと!! どういう事だ!! この状況でどうやった!! お前は今スキルを使えぬ身。たとえ加護であろうとそれは叶わない筈だ!!」

「誰が加護を与えたって言った?」

「何?」


 魔王の眉間の皺がさらに深くなる。



 魔王に加護? どういう事だ?

 ご主人はあの魔王に加護を与えたというのか?


 一体いつ?

 ずっとご主人の傍にいた私が全く気が付かなかった。



 まさか! 魔王が封印の力を使う直前?


 ……いや、魔王が封印の力を使うまでにそんな猶予はなかった。それに、あの時魔王は私達の前に姿を見せてはいない。



 ならばいつだ。いつご主人は……。


「わからない? 私はあなたが誕生してすぐに加護を与えたの」

「何っ!?」


 魔王が誕生してすぐ?

 私達が魔王の誕生を知ったのは、あの臨時の会議の時で、その時すでに生まれてから10日程は経っていた。


 どういう事だ?



 混乱する私達を他所に、ご主人は平然と話を続ける。


「私は時の力で未来を知り、危機感を抱いた。神の力を持ってしても、その力を封印されてしまえば元も子もない。何か方法はないかと考えていた時、魔王をテイム出来たらなぁって思ったの。テイムさえしてしまえば、私の言う事を何でも聞いてくれるのにって。でもあなたは生まれた時から強かった。私のステータスでは到底テイムなんて出来ない。そこで思い出したの。そういえば私、神だったなって」


 そういえばで思い出すような事でもないと思いますが……。

 というか、強い弱い関係なく、そもそも魔王をテイムしようなんて普通考えないのですが。


「神は相手に加護を与える事が出来る。もしかしてと思って調べてみたら、加護はテイムとほぼ同義。その上、魔力値が相手より少なくても出来るという。まさにこれだと思って、あなたに加護を与える事にしたの。思ってたよりあなたの魔力値が高くて、うっかり3日も寝込んじゃったけど」




 …………ん? 3日も寝込んだ?



 ちょっと待て。

 今間違いなく3日寝込んだと言ったか?


 ご主人が3日も寝込んだのは、最初に加護を与えたあの時ただ一度だけ。



 という事は……まさかご主人が最初に加護を与えたよくわからない相手って…………今私達の目の前にいるこの魔王という事か!?




 ご主人…………。

 また私の知らないパターンですか。

 えーえーわかってましたよ。私はいつもそういう扱いですよね。ええ、いいです、もう。


 色々びっくりしすぎて、私も余程の事ではもう驚かない気がしてきました。


「魔王に気付かれずに加護を与えるなんて、まだ物心つく前のあの時しかチャンスはなかった。実際その後すぐにそこの執事さん達が迎えに来たから、本当にギリギリのタイミングだったわね」


 ご主人はその時の事を思い出し、ふふっと笑う。


「よくそんな危ない事を。ステータスを確認されたら一発でアウトでしたよ」

「そこは大丈夫。ヘル様の力でステータスを隠蔽しておいたから」


 ご主人……さすが抜かりない。

 もはや今見えているもの全てがご主人によって隠蔽されているんじゃないかと疑ってしまう程だ。


「上手くいくか心配だったけど、さっき私に封印の力が効いてなかったから安心した」

「何!? 封印の力が効いていないだと!?」


 魔王はご主人の言葉にさらに驚いて目を見開く。


 無理もない。封印の力は例外なく相手のスキルを封印する。たとえ神であろうと関係ない。エーギル様ですらスキルを全て封じられているのだ。それをご主人は封印されていないと言うのだから。


「ええ。私はあなたに加護を与えたもの。加護者である私には、あなたは何一つ攻撃を加える事は出来ない。そう考えると便利よね、加護って。一方的に与えるだけで、自分を守れるんだから」


 便利……。加護をそんな言い方する方初めて見ました。


 加護とは本来相手を守る為にするものだ。その加護を、異質な魔王への対策として使うとは。本当にご主人の考える事は突拍子がない。


 ご主人は「あ、そうそう。これももういらないわね」と言うと、封印の象徴である黒いタトゥーを剥がし始めた。


 ……なるほど。それシールだったんですね。芸が細かい。



「ははははは! ははははははははは!!」


 突然魔王が笑い出す。私達は驚き、魔王を見返した。


「お前、神のくせに魔王である俺に加護を与えたのか? 魔王だぞ。魔の王だぞ。善悪の善の象徴である神が、悪の象徴である魔王に加護とは。お前本当に面白いな。お前みたいな神もいるんだな」


 魔王は先程とは打って変わって穏やかな表情でご主人を見つめると、両手を上げた。


「降参だ。お前の勝ちだ、神。先代の魔王もよく考えたものだと感心したが、まさかその上をいくとはな。魔王に加護を与える神がいるなんて想像つくかよ。お手上げだ。お前の加護がある限り、俺は今後もこの世界をどうこう出来ない。精々勇者が育つまでの数年、のんびり余生を楽しむとするさ。もう済んだだろ? 今お前らの封印も解除した。だからとっとと帰れ」


 魔王はシッシッと手を払う素振りをした。


 突如終わりを迎えた魔王との戦いに、皆動揺して互いを見合わす。「本当にこのまま帰っていいのか?」皆不安で、誰かが先頭を切るのを待っている。


 すると、オーディン様は何食わぬ顔でスタスタと元来た方へ歩き始めた。


「何ボーッと突っ立ってるんだ。魔王の気が変わらない内にさっさと帰るぞ」


 オーディン様の言葉で、ようやく皆ハッとして動き始める。軽くお辞儀をすると、そそくさと小走りした。



 だが、ご主人だけはなぜかその場に留まった。


 皆もそれに気付くと立ち止まり、小声で「何やってんの? 早く行こうぜ」とご主人を説得した。



 しかし、ご主人に帰る素振りはない。


「おい、なんだ? まだ俺になんか用でもあんのか? あ、もしかして俺に惚れたか? お前なら本当に嫁にしてやってもいいぞ」


 思わず「だから嫁にはやらん!!」と食ってかかりそうなエーギル様を皆が全力で止める。

 せっかくなんとか丸く収まったというのに、また魔王の機嫌を逆撫でしないでくれ。皆の気持ちは同じだった。


 だが、ご主人はそんな事お構いなしに魔王に爆弾を投下する。




「嫁になる気はないけど、魔王にはなろうかな」

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