魔王の希望
天界では、神々がノルンの動向を見守っていた。
「ノルン……大丈夫かな。やっぱり強引にでもノルンを天界に連れて来ればよかったんじゃ」
「な、何言ってるのよ、フレイ! ノルンちゃんなら大丈夫よ! ね、チュール様!」
「チュール様?」
「あ、ああ。ノルンなら……きっと大丈夫だろう」
チュール様は胸元を押さえながら、どこか自分に言い聞かせるようにそう答えた。
ロキ様は、その様子を柱の影からじっと見つめていた。
魔王は椅子から立ち上がると、さらに私達を見下して言う。
「俺達はずっと長きに渡り人間共の悪しき心を吸収し続けてきた。その悪しき心は500年という時を経て、ようやくこの世に生を受ける。それが"魔王"だ。だが、誕生するや否や、待ち構えていたかのように勇者が現れ、歴代の魔王達は皆この世界を知る前にあっけなく命を落としてきた。当然だ。勇者は魔王を倒す正義として、対魔王に特化した能力を身に付けているんだからな!! この世界は神や人間に都合よく作られている。自らが生み出した悪しき心であるにも関わらず、適当な理由をつけて誰かに押し付け、自分達は何食わぬ顔でのうのうと生きている。お前はさっき『神が希望を持たなければ、誰が希望を持てるか』と言ったな。羨ましい限りだ。魔王は未だかつて希望など持った事がない。希望など持ったところで、無意味だからな!! 今のこの世界で、魔王が幸せになれる道はない。だからこの忌々しい呪縛から逃れる為に、先代の魔王は死ぬ間際、最後の力を振り絞り、自らの魔力をそっとカプセルに閉じ込めたのだ。カプセルが溶けた時、カプセルの中の魔力が一気に吸収され、予定よりも早く俺が誕生するように。どうせ魔王はまた500年の周期で誕生すると思っていたお前達は、俺の予想外の誕生に慌てふためくが、もはや為す術がないという訳だ!!」
人間の悪しき心は、誰かが肩代わりしなければならない。その存在を魔王として位置づけたのは誰でもない神だ。
エーギル様も返す言葉がなく、罪悪感から顔を背けた。
「さらに、運は俺に味方した。歴代の魔王の長年の恨みが奇跡を起こし、俺は復讐の力を手に入れた。復讐の力とは、自らが受けた魔法は自らのスキルとなり、一度だけ使う事の出来る力だ。お前達は魔王である俺の魂を封印しただろう? 俺はそれによって封印の力を手にし、今お前達の力をこうして封じる事が出来たのだ。俺は歴代の魔王に心から感謝し、敬意を表する。俺がこうして生きているのはその歴代の魔王達のおかげだからな。だから俺はその積年の恨みを、代わりにお前達に伝えてやりたかったかったのだ。あぁ、やっとこの時が来た。お前達のその顔が見れただけで俺はもう満足だ。あとは歴代の魔王へのはなむけとして、お前達の命を捧げよう」
「なっ!? さっきは服従か選べって言ってただろ!!」
「はっ。その期限はとうに過ぎた。すぐに返答しないお前達が悪い」
「バカか。魔王なんて話が通じる相手じゃないんだ。そんなの聞く訳ないだろ。だから来たくなかったんだ、こんな所。まぁ僕に選択肢なんてなかったけどな」
オーディン様は冷めた目でこの状況を捉え、もはや助かる道はないと諦めていた。
「ま、待ってくれ! 悪いのは私達歴代の神だ! この子は元々人間で、ついこの間神になったばかりなのだ! 私達神が至らなかったばかりに、何の事情も知らず、たまたまこの世界の神になっただけなのだ! だから頼む! 私はどうなってもいい! だからどうかこの世界は見逃してくれ!!」
エーギル様は魔王の前に進み出ると、土下座をしながら必死に懇願した。身体は震え、本当は動く事すらままならない筈なのに、なんとか気持ちを奮い立たせたのだろう。
エーギル様にとって、これが最後の"希望"だった。
だが、それでも魔王は全く取り合ってはくれなかった。
「ふん。そんな老いぼれの命だけ貰って何になる。その女は元は人間だと言ったな? ならば同罪だ。俺達に悪しき心を押し付けた人間にも容赦はしない」
魔王はそう言うと、躊躇なく破滅の呪文を唱えた。
「我は長きに渡り悪しき心を背負う者。罪なき我の願いを叶えたまえ。我の願い……それはこの世界の滅亡なり!!」
あぁ……。
終わりだ…………。
私達は最後を覚悟し、目を閉じた。
暫くして、私はそっと目を開けた。
辺りを確認するが、特に何も変わりはない。
世界の終わりとは、こんなものなのか……。
そう思ったが、どうやら魔王にとってこれはまさかの事態のようで、その光景に驚いている。
「な……なぜだ!! なぜ破滅の呪文が効かない!!」
魔王の声に皆驚いて目を開け、ようやく事の異変に気が付いた。
魔王は不安を払拭するように、時間を空けず再度呪文を繰り返した。
「もう一度言う! 我の願いは、この世界の滅亡なり!」
…………しかし、何も起きない。
「なぜだ!! どういう事だ!!」
魔王は不測の事態に動揺し、声を荒げる。
「何度やっても同じ事よ」
動揺する魔王をさらに逆撫でする声が魔王城に響き渡る。
あぁ……この堂々とした物言いは、私の敬愛するご主人のものだ。
私は待ちに待ったその声に、全身で敬意を表した。
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