魔王との対面

 魔法陣で行き着いた先は、魔王城の地下に通じる道だった。

 目の前には魔剣が置いてある。「使えるものなら使ってみろ」そう言われている気分だ。

 ダメ元で掴もうとするが、魔剣は強力な電磁波を放ち、リオンはもちろんご主人ですら触れる事は出来なかった。


 やはり勇者でなければ無理か……。わかっていた事とはいえ、希望を断たれたような気持ちになる。



「皆様、ようこそおいでくださいました」

「ました」


 突然後ろから声がして驚いて振り返ると、そこには執事の格好をした男とメイドの格好をした女が立っていた。

 この肌と目の色……おそらく魔王に仕える魔族だろう。


 魔族は、魔王が自らの魔力を使って生み出した存在だ。各々自らの意思を持つが、魔王の魔力によって作られた彼らは、自ずと魔王に従順になる。彼らは一個体として存在している為、魔王が滅びたからといって同時に彼らの命が絶える訳ではないが、殆どの者は魔王の盾となり、歴代の魔王と共に命を落としてきた。


 今目の前にいる魔族達の腕にも私達と同じ黒いタトゥーが刻まれている。魔王は、彼らの事すら信用出来ないという事か。


「魔王様の元へご案内いたします」

「いたします」


 執事は穏やかに微笑みながら言い、メイドは無表情のまま同じ言葉をただ繰り返す。面倒なのか、言葉の最後しか発していないが。


 2人はくるりと向きを変えると、スタスタと歩き始めた。私達は慌ててそれについていった。


 ザックを先頭に、ご主人を囲むように、リオンが最後尾に付いて歩いた。スキルは使えずとも、単純な剣術は使える。ザックもリオンも、いつでも剣を抜けるよう、剣に手をかけ、遠くに感じる見えない気配に神経を研ぎ澄ませた。


 地下の通路は暗くて先が見えないが、私達が通る度に左右の壁に付いたランプが灯り、通り過ぎると消える。それがまた異様な不気味さを醸し出していた。


 暫く歩くと螺旋階段が見えてきた。執事とメイドは1度こちらを振り返ってから、階段を進む。

 おそらくこれが魔王のいる部屋に通じる階段なのだろう。私達は一層気を引き締めた。


 私達が一段一段上るたび、足はさらに重く感じられた。

 もうじきあの魔王と対面するのか……私達は湧き上がる恐怖をなんとか抑え、ただ無心で先へ進んだ。

 最後の階段を上り切ると、そこには重々しい扉がそびえ立っていた。


 皆、息を呑む。おそらくここが……。


 執事は涼しい顔で目の前の扉に手をかけた。ギイィと古めかしい音を響かせ、扉が開かれる。


「!!」


 覚悟をしていたからといって、易々と順応出来るものではなかった。

 皆感じた事のない威圧感を間近に受けて圧倒された。

 中央に黒い一筋の絨毯が敷かれ、その先には重厚な椅子に腰掛ける魔王の姿があった。


 ステータスなど確認せずとも、誰もが目の前の男が魔王だとわかった。肌は黒く、瞳は紅く光り、漆黒の長い髪には太く長い角が生え、何より圧倒的な存在感があった。

 以前に見た少年だった頃の面影は全く感じられない。10日でこれ程までに成長してしまうものなのか。


 私は恐怖を打ち消すように強く握り拳を作った。私だけではない。皆同じように恐怖を誤魔化し、なんとかその場に立っていた。


 そんな私達を嘲笑うかのように、魔王は余裕の笑みを浮かべる。


「さあ、もっと近くに来い。そんな怯えずとも、まだ何もしない。お前達には俺の積年の恨みをたっぷりと聞いてもらわないといけないからな」


 ご主人が一歩ずつ歩み始めたのを見て、私達も横並びになり、一歩ずつ前に進んだ。

 魔王の前で、ご主人は立ち止まる。私達も同様に歩みを止めた。


「ふん、俺を前に跪かないとは。さすが神だな」

「お褒めに預かり光栄です」

「はっ、減らず口を。まぁいい。どうだ? 今までお前らがずっと侮っていた魔王に初めて感じる敗北感は」

「どう、と言われても。私はこの世界でまだ敗北感を味わった事がないので」

「何? それは今も感じていないと?」

「ええ」


 魔王に対し、ご主人は臆する事なく受け答える。


「ははははははは! まさかこの状況でまだ希望を捨てていなかったとはな!」

「神が希望を持たなかったら、誰が希望を持てましょう」

「ほお、言うな。その割に身体は震えているようだが、大丈夫か?」


 魔王は見透かしたようにニヤリと笑う。ご主人はグッと唇を噛み締めた。

 よく見るとご主人の身体は小刻み震え、額からは微かに汗が滲み出ていた。


 私はどうしてこんな当たり前の事に気付けなかったのだろう。ご主人だって怖いに決まっているではないか。

 力を奪われ、今は無力だというのに、それでも神という立場ゆえ、逃げ出す事を許されない。


 神も善人ではない。無責任にこの場を立ち去る神だっているだろう。

 だが、ご主人はそうしなかった。たとえ自分が無力であっても、この世界を守ると決めた以上、最後のその一時まで諦めない。


「しかし俺を前にしてもその気丈な態度。気に入った。お前が服従を乞うなら、俺の嫁にしてやってもいいぞ」

「なっ!?」

「お前に孫娘はやらん!!!」


 魔王の予期せぬ提案に、エーギル様が我を忘れて怒鳴り散らす。

 これが過保護パワーというものか。先程までは「魔王に土下座し、この身を差し出してでもこの世界を見逃してくれるよう頼み込む!!」と意気込んでいたというのに。


「なんだ、お前。……ほお、お前も神か。俺に力を全て奪われているというのに、随分強気な態度だな」

「ひっ。…………いや、えっと……あの……」

「なんだ? 聞こえなかった。もう一度言ってみろ」


 エーギル様は思わずカッとなって言い返してしまったものの、魔王の圧を受けると我に返り、ライオンを前に震える小動物のように黙り込んでしまった。


「ふん。一溜まりもない。無理もないか。お前達神はいつも高みの見物で、直接俺に手を下した事はないからな!」

「……っ」


 エーギル様も返す言葉がない。「神はいつも高みの見物」まさにその通りだった。


 魔王は震えて反撃出来ないエーギル様に、さらに追い討ちをかけるように声を荒げた。


「俺が目覚めて、お前達はさぞ焦っただろう。馬鹿の一つ覚えみたいに、いつも俺が目覚める時に合わせて勇者を召喚していたからな。だが、俺がいつまでもその手に乗ると思うか? お前達に一から教えてやろう! なぜこの俺が予定より早く目覚めたのかをな!!」

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