いざ、魔王城へ

 神々の臨時の会議は平行線のまま終わりを迎えた。


 ロキ様の言う通り、時の力で勇者の成長を早めれば、この危機を乗り越えられるのかもしれない。


 だが、勇者はまだ生まれたばかり。この世界の事も、いや、自分自身の事ですらまだ理解していないのだ。身体だけ強引に成長させるなど、彼の精神が崩壊しかねない。


 ロキ様からしたら、これは甘い考えなのだろう。だが、どうしても考えてしまうのだ。


 これ以外に方法はないのか。

 ご主人ならきっと他に良い方法を思い付いてくれるのではないかと。




 10日後はあっという間に訪れた。

 結局私達は決断出来なかった。

 勇者は赤子のまま、何も知らずに今も両親の元で穏やかに笑っているだろう。


 エーギル様はご主人が可愛いばかりに一度はロキ様の意見に賛同したものの、「決めるのはこの世界を管理するイズミだ」と最終的にはご主人の意見を尊重した。


 ご主人は、後の事はこちらに任せてエーギル様は天界に帰るよう伝えたが、「そもそもこのような事態になったのは私達歴代の神のせいだ」と、ご主人に重い責務を課した事に責任を感じ、どれだけ説得しても断固として留まる意思を貫いた。エーギル様は自らの命を以って魔王に頭を下げる覚悟をしていた。


 一方ロキ様は「余はちゃんと忠告したからな!」と捨て台詞を吐き、天界へ逃亡した。使い魔としてあるまじき行為だが、ご主人は止めなかった。咎める事もしなかった。


 むしろ「グレイも行っていいのよ」と私の心配をする程だった。いつも頼りがいがあるご主人のそんな弱々しい姿を見て、私はどうしようもなく放っておけない気持ちになった。そうでなくても、私はご主人の傍を離れるつもりなど毛頭ないが。


「私はいつ如何なる時もご主人と共に」


 私は安心させるようにそう何度もご主人に告げた。




 その時は突然やってきた。先程まで晴れていた空は黒い雲に覆われ、外は瞬く間に真っ暗闇になった。

 ついに来たのか……エーギル様と私達は思わず身構える。


「なんだなんだ?」

「……嫌な予感がする」


 ザックやリオン達も心配そうに空を見る。


 すると、空から恐ろしい声が鳴り響いた。


「忌々しい運命を押し付ける神、そして悪しき心を持つ人間共よ、よく聞け。我が名は魔王スルト。今からこの世界はこの俺が支配する。俺に服従する道を選ぶか、それとも死を選ぶか、お前達に好きな道を選択する権利をやろう」


 魔王は姿を見せていないというのに、声だけで震えが起きる程の威圧感を見せる。


 リオンは得体の知れない強者の気配に警戒するが、ザックはお構いなしに相手を挑発する。


「誰だ、お前。魔王かなんだか知らねえけど、お前なんかにだーれが服従するか! 俺達が従うのはイズミンただ1人なんだよ!!」

「こらっ、やめんか!」


 止める間も無くザックが威勢よく答えると、魔王はクククと笑う。


「なんと愚かな。己と相手の力の差も見極められないか」


 魔王は500年分の悪しき力を蓄えて出来た存在だ。人間に敵う相手ではない。リオンやザック達が束になって挑んでも、魔王にとっては群がる蟻を潰すようなものだ。


「まあいい。無知で愚かな人間の失言として、今回は許してやろう。俺は寛大な心を持っているからな」


 口ではそう言いながら、今にもこの世界を滅ぼそうとする圧力がひしひしと身体に伝わってくる。


「この世界の神に問う。お前は俺に従うか?」


 ご主人は表情を変えず、はっきりと答える。


「この世界を守る責任ある者として、それは出来ない」

「ククク……そうか。ならば、お前達に死の恐怖を与えてやろう」


 魔王の言葉を合図に空は閃光を発し、世界樹めがけて稲妻が落とされた。

 と同時に、私達の身体を黒い煙が包み込む。ザックが「くそっ、なんだこれ」と必死に振り払おうとするが、その煙は消える事なく、やがて各々の腕に纏わりつき、黒いタトゥーのように定着した。


「ちょっと、何これ! この黒いの気持ち悪いんだけど!」

「やだやだこれ可愛くないっ!」

「デザインも趣味が悪……すみませんっ!」

「だぁーー!! ぜんっぜん消えねえ! 気味悪いっつーの!! ……でもそれ以外は何もねえな。身体は痛くも痒くもねえ」

「いや」


 リオンは何かに気付き、驚愕の表情を浮かべる。


「…………スキルが全て封じられている」

「!?」


 ザック達も慌てて自分達のステータスを確認すると、全てのスキルの文字が消えかけていた。

 試しにスキルを使おうと試みるが、初歩の魔法すら使えない。まるでやり方を忘れてしまったかのように。


 さすがのザックも、この状況に声も出なかった。


 どうやらそれはご主人も同様のようで、放心した様子で「神の力も全て封じられてる……」と独り言のように呟いていた。


「そうだ。俺はたった今"封印の力"を発動した。この力は俺が指定した者のスキルを全て封じる事が出来る。今この世界に住む俺以外の者の全てのスキルを封じた。神やこの魔王城に住む俺の部下達も例外ではない。つまり、お前達は俺が許可しなければ、永遠にスキルを使えないという訳だ! はははははは!!」


 魔王スルトの高らかな笑い声に、皆恐怖で震え上がった。


 スキルが使えないという事は、魔法が使えない事にほぼ等しい。どれだけ魔力があっても、それを表に出す手段がないのだ。今までどれだけ魔法に頼ってきたか、そしてスキルを全く使えないという状況がどれだけ恐ろしい事か、今身にしみて感じていた。


 それはご主人も例外ではない。ご主人には優れた頭脳があるとはいえ、それは神の力あってこそだ。神の力を使えない今、どう頭を使っても解決出来る問題ではなかった。


 ロキ様の「ほれみたことか」という声が聞こえてきそうだ。やはり強引にでも勇者の成長を早めておくべきだったのだろうか。


 だが、時の力すら封印された今、もはやそれも手遅れだ。もう私達には何の手札も残されていない。


 そんな私達をさらに追い込むように、魔王の声が響き渡る。


「どうした? ようやく状況を理解したか? お前達にもう1度だけチャンスをやろう。そこに魔王城へ続く魔法陣を置いておく。俺に服従する気になったら、魔王城へ来い。言っておくが、俺はそんなに気が長い方ではないからな」


 この言葉を最後に、魔王の声は聞こえなくなった。

 そして、ご主人の足元に魔法陣が浮かび上がる。


「ご主人、どうしますか?」


 どうするかと聞かれても、選択肢など1つしか残されていないが。


「魔王城に行く」

「では、私もお供します」

「俺も行く!」

「私もよ」

「僕だって行くよ」

「わ、私も……すみませんっ」

「俺も行こう。力になれる自信はないが」


 皆力を失い、恐怖で身体は小刻みに震えているというのに、ご主人と共に魔王城へ向かう覚悟を決めていた。

 もはや勝つか負けるか、一か八かの勝負ではない。無理だとわかっていて、ご主人についていくのだ。


「イズミ、私も一緒に行くからね。オーディンも連れて行くから、もしもの時の盾にでも使いなさい」

「本人の許可なく僕を盾にするな」


 相変わらずエーギル様のオーディン様への扱いは酷い。

 オーディン様は「大体なんで僕まで」とブツブツ文句を言っているが、エーギル様の使い魔として、言う事を聞かざる得ないのだろう。

 ロキ様の意思を尊重しているご主人と違い、エーギル様はオーディン様をがっちり管理していた。


「イズミ、俺達はここでお前らの帰りを待ってるからな!」

「イズミさん、絶対無事に帰ってきてくださいね!」


 バルや弟子達が小刻みに震える手を隠すように、全力で腕を振る。


 その姿に思わず涙が出そうになった。今の私達にとって何より心強い姿だった。


 バル達だって不安なんだ。私達が怖気付いてちゃいけない。

 ご主人も心を新たに力強く叫んだ。


「ありがとう、皆。それじゃあ行きましょう! いざ魔王城へ!」


 私達は輪になって手を繋ぎ、せーので魔法陣に飛び乗った。私達は光に包まれ、魔法陣の中に消えていった。

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